第69話 黒川先生①

◆黒川先生


 裕美の担任教師の黒川は40歳前後の女性だ。

 眼鏡をかけ、少し痩せている。スカートが緩めなのを気にしていない様子だ。どことなくカマキリを連想させる。大きな目がギョロギョロと動いている。


 黒川先生はまず俺を見て、

「誰、あんたは?」

 教師らしからぬ問いかけだ。

「俺は、裕美の親だが」

 生徒の保護者だと名乗ったつもりだが、彼女は、そんな目で俺を見ていない。ただの迷惑な存在としてか見ていないようだ。

 それに、その雰囲気からして、生徒たちを戒めるような感じではなく、まるでこの二人に襲いかかるような感じに見えないこともない。


 黒川先生は、俺の存在を無視して、

「私ねえ、喉の調子がおかしいのよねえ。今までこんなこと、なかったのに」と苦しそうな声で言った。

「それも、中谷裕美さんのことがあってからよ」と言って、俺をギロリと見て、

「ああ、そうそう。そう言えば、あなたの家に電話をしてからおかしくなったんだったわ」と思い出したように言った。「そうよ。中谷裕美さんのことを話し出してからだわ」

 高坂百合子の言う通り、確かに臭い。しばらく風呂に入っていないような匂いだ。だが、この女は、今日初めて会った人間だ。この女が元々臭い人間だったのか、それとも最近臭くなったのか分からない。それよりも、

 これが教鞭を執る立場の人間だろうか? その様子を見る限りでは、自分以外の人間は皆敵であるかのような振る舞いだ。


 黒川先生は再び矛先を二人に向けて、

「でもねえ、私、こう思うのよ。全ての原因は中谷さん・・中谷裕美さんじゃないか、ってね」と言った。「その友人気取りの高坂さん、あなたにも何かの原因があるんじゃないかって、私、そう思うのよ」

 何だ、こいつは!

「おい、自分の体がおかしいのと、生徒のことは関係ないだろ!」

 電話でもおかしなことばかり言っていたが、これはひどい!

 

「あんたは黙ってて!」

 黒川は、俺の言葉を一蹴した。

 彼女は俺を怒鳴り返すと、「げええっほおおっ」と異様な咳き込みを繰り返した。

 すると、辺りに異臭が漂い始めた。おそらく彼女の体の奥底から出てくる臭いだろう。

 同時に高坂百合子が身を引き、裕美の眉間にも皺が寄った。

 それは俺も同じだ。近づきたくはない相手だが、俺は裕美の親として強く抗議しなければならない。

 俺は「さっきから、失礼だろ。ろくに挨拶もしないし」と前置きし、「クラスにイジメのようなものがあるのに気付いたのなら、それなりに対処するのが教師の役目じゃないのか? それを自分の体のことばかりまくし立て、それを生徒のせいにするなんて最低の人間のすることだぞ」と抗議した。


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