第68話 公園②
そして、高坂百合子は俺に、
「今、学校が大変なんです」と言った。「学校と言っても、私たちのクラスだけですけど」
そう言った高坂百合子に俺は訊いた。
「裕美のクラスに何かあったのか?」
彼女が説明するには、クラスの女性の数名が欠席しているということだった。もちろん病欠なんかではない。その女子に共通していたのが、ネットで誹謗中傷を繰り返していたということだった。
高坂百合子は、「みんな、裕美のことを悪く言っていた子ばかりなんです」と言った。
彼女の目は真剣だ。嘘を言っているようには見えない。
俺はすぐに、ネットの掲示板のことを連想した。やはり彼女たちなのか。
だが、学校を休んでいるというのはどういうことなんだ?
彼女たちの休みの理由はそれぞれ違うらしい。
ある生徒は「気分が悪い」と言って休んでいたり、別の子は「外に出られなくなった」と言っていたり、更に「幻覚が見える」とうわ言を繰り返す生徒もいるということだ。欠席は数日続いている。
また学校に来ている子の中でも、授業中、急に叫び声を上げたり、突然、吐いたりする者もいるという。
高坂百合子は裕美に確認するように「そうだよね?」と言って、ネットに書き込んでいたという少女たちの全員の名前を連ねた。
確かに大変、というか異常だ。
だが・・そういった異変を取り纏めるはずの人間・・それは担任の教師だ。こんな事態に、あの担任はいったい何をしているんだ?
「担任の先生・・名前は確か、黒川先生と言ったな。先日、その先生から家に電話がかかってきた。あの先生は生徒たちをちゃんと見ているのか?」
あの先生は教師という立場から少しずれたような感じも受けたが、こんな事態であれば、生徒たちの様子を伺ったりして当然だろう。
その時、俺は思い出していた。裕美はこう言っていた。
「私、あの先生、嫌いよ」
そのはっきりとした理由は分からない。だが俺と同じ理由で嫌いなら頷ける。
あの教師は生徒のことを何とも思っていない。電話でのわずかな会話だけだったが、それだけは確信した。
「それにしても・・二人とも、どうして、こんな暗がりにいるんだ?」
こんな公園じゃなく、どこか別のところで・・と思っていると、
「私たち、逃げてきたんです」と高坂百合子は大きく言った。
「逃げてきた?」
誰から?
そう尋ねると高坂百合子は、
「黒川先生からです」と答えた。
「先生から逃げてきた?」
二人の生徒が先生から逃げ、公園に駆け込む。まるで、生徒である裕美と高坂百合子が悪いことでもしたかのようだ。
「どうして、先生から逃げる必要があるんだ?」俺は素朴な疑問をぶつけた。
「黒川先生の様子がおかしくて・・」高坂百合子はそう言った。
「担任の先生がおかしい・・だと?」
「先生、最初は裕美のことで詳しく話を訊きたい、そう言っていたんですけど」
「君に話を?」
「ええ、私、裕美の友達ですから。何かを知っているんじゃないかって」高坂百合子は強くそう言った。
くどいように「友達」と主張する彼女になぜか違和感がある。
そして、先生は何を訊いてきたのか?
「ネットのことです」
ネットって、あのサイトのことか? と尋ねると、「たぶん、その話です。誰が書き込んでいたの? とか・・他にもショッピングモールの事件とか話に出ましたけど、私はそこにはいなかったし・・けど、それよりも」と高坂百合子は言った。
「それよりも?」
「それよりも、先生が気持ち悪くて・・声もガサガサと、変だし、なんか体も臭くて・・それで、私、用事を思い出したからと言って、その場を立ち去ろうとしたんですけど、先生は、追いかけてきて、本当に怖くなって」
俺は、担任の先生には電話だけで、会ったことはないが、高坂百合子の口ぶりからして確かに不気味そうだ。
「黒川先生は、君一人を尋ねてきたんだろう? どうして裕美が一緒に」
「逃げる途中、裕美に出会って、訳を話すと、私に付き合ってくれて」と高坂百合子は説明した。裕美の顔を見ると、裕美はコクリと頷いた。
その時だった。
そのしわがれた声が聞こえてきたのは・・
「見つけたわよ。こんな所にいたのね!」
それはこの状況から見て、黒川先生だと推測された。高坂百合子の言った通り、確かに声がガサガサだ。出ない声を無理やりに絞り出すような声だ。
聞きようによっては地獄の中から這い上がってくるようにも聞こえる。
先生の登場と同時に、周囲の木々がざわざわと揺れ始めた。
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