第64話 三つの可能性①
◆三つの可能性
調べるのが怖かった。
あれから、芙美子がどうなったのか?
その結果も怖い。できれば知らずに済んだ方がいい。それは分かっている。
だが、調べなければならない・・俺の中で二つの心がせめぎ合う。前向きな心と、後ろ向きな心だ。
知らずに済めばそれに越したことはないが、俺の周囲に起こる異変はただ事ではない。芙美子の霊魂が事を起こしているとしか思えない。
これから先も必ず被害者が出る。
被害者が赤の他人なら、まだいい。だが妻や娘に被害が及ぶようなことがあってはならない。
考えた末という訳でもないが、俺はまずネットで調べることにした。
あの洞窟の穴で、何らかの事件、もしくは穴に落ちて命を落とした人間がいるかどうかだ。
検索に検索を重ねて調べた。
あの洞窟は、立ち入り禁止扱いだ。そこで女性の滑落者が出ているかどうかだ。
結果、そんな事件性のあるような記事は見当たらなかった。俺の調べ方が悪いのか。
次にあらゆる可能性を考えてみる。
これまでの俺は、それすら考えたくなくて、記憶の奥底に封じ込めていた。考えれば考えるほど、自分の罪の深さを感じるからだ。罪は一人で背負うようなレベルではない。妻や娘も巻き込んでしまう。
可能性の一つ目は、芙美子が穴の中に滑落したまま救出されていなければ、誰にも見つけられずに・・白骨化している。それは十分に考えられる。白骨は穴の底にいる、ということだ。その白骨すら誰にも発見されていない。
そして、怨念が事件を生み出しているのではないか?
二つ目は、あの後、芙美子が救出されたという希望的観測だ。
だが、それはない。そんな気がする。もしそうだとすれば、芙美子の怨霊めいたものが現れる道理が通らない。どこかで元気で過ごしているのなら、こんな問題は起きていない。
三つ目は、最悪の可能性だ。
芙美子の遺体が発見され、事故もしくは他殺の可能性も含めて捜査されているということだ。考えたくないが十分ありうる。
今、考えられるのは、この三つのケースだ。
もし、ネットの記事に載るとすれば、女性が救出されたという記事。もしくは、事件性を匂わすような記事のどっちかだ。
芙美子の骨が誰にも発見されていないという可能性は、ネットの記事に載ったりはしない。
様々なことを考えたが、洞窟に行くのが、一番の近道のような気がする。
地元の人に訊けば何らかのことが分かるかもしれない。
兵庫県の山奥・・車で行くことにする。
往復一時間はかかる。休日を使うのはまずい。有休をとる方がいい。いずれにしても一人で行くことになる。
再来週の水曜日だ。それしか都合がつかない。
夕飯を終えると、妻には仕事ということにして車を出す話をした。
「あら、あなた。珍しいわねえ。お車の出張なんて」と妻が首を傾げた。
俺の行動を疑っているわけではない。妻の素朴な疑問だ。
「たいした用事じゃないんだ。部長の仕事の代行だよ。兵庫県の田舎にある取引先に書類を届けに行くだけなんだ」
妻の横で、娘の裕美が黙って食事をしている。それは実に珍しいことだ。今までは食事の時間を俺と重ならないようにずらしていた。俺が仕事から帰った時には、もう済ませて二階に上がっていた。だが最近ではこうして俺の帰りを待って食事をしている。
特に会話で盛り上がることはないが、妻は満足している。
それはそれで喜ばしいことだが、裕美には芙美子の一部が宿っている。そうとしか思えないような出来事や裕美の発言がある。
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