第58話 教師の話②

 そんなやり取りをしているとリビングの電話が鳴った。妻が出ると、「えっ、先生?」と言った。

 どうやら、学校の教師のようらしい。数分話した後、妻が俺を見て、

「あなた、学校の先生だけど、ご主人に代わって欲しいって・・」と受話器を差し出した。

 妻は俺と電話を代わると、キッチンに向かった。


「初めまして、ご主人ですか?」受話器の向こうで女性の声がした。

「ええ、中谷です」

 女性教師は「黒川」と名乗った。

「いきなり、ご主人にこんな話をするのは、気が引けるのですけれど」と黒川先生は前置きした。

 俺は、てっきり裕美のイジメの話だとばかり思ったが、違った。

「奥さまから、うちのクラスの女生徒三名が、大怪我をしたことは聞かれていると思いますが・・」

「ええ、聞いている、と言うか、知っています」そう答えた。俺と裕美はその場にいたのだから。

「御主人は、お嬢さまとその場におられたのですよね?」

「ええ、いました。ショッピングモールの待合所です」

 不良娘たちに出くわした、と言った方が正しい。


「その時、何か、おかしな人間がいませんでしたか?」

「おかしな人間、というと?」

 黒川先生は「つまり、三人の女生徒・・」と三人のフルネームを言って「彼女たちに、何らかの危害を加えようとした人間、もしくは怪しい人間がいなかったか? ということです」

「そういう話、調査とかは、警察がするものじゃないのですか?」

 何か職務質問、あるいは尋問でも受けているような気がした。

 すると先生は「お気を悪くされているかもしれませんが、私も上から言われていますので・・」とサラリーマンのような言い訳をした。

 俺が、「おかしな人間はいませんでしたよ」と、はっきり答えると、

 教師は何かの手がかりを見失ったような声で「そうですか」と声を落とした。

 

 だんだん、イラついてきた。裕美のイジメの話が全く出てこない。妻からある程度のことは聞かされているはずだ。

 これで話が終わりかと思っていると、教師は少し間を置きこう切り出した。

「学校側は、二次被害を警戒しているのです」

「二次被害?」

 意味がわからない。通常で言うところの二次被害ではなさそうだ。

「私どもは、生徒たちによけいな不安を与えたくないのです」

「ちょっと、待ってください。お話が全く見えてきません」

「つまり、他にもあの子たちのような目に遭う可能性が否定できないのです」

 他にも?

 憤りが更に込み上げてきた。今は他の生徒のことなんてどうでもいい。

 気になるのは裕美に対するイジメのことだ。それはあの三人の怪我で終わったのか? それが知りたい。

「何がおっしゃりたいのか分かりませんが、仮に他の生徒が怪我をされたとしても、うちには関係ないことでしょう」俺は声を荒げた。

 裕美とは関係のない話が進んでいく。

 だが、教師はこう言った。

「いえ、そうとも限らないことが起きているのです」

「え?」

「御主人は、お嬢さんと家で話すことはありますか?」

 よく話すとは言えない。

「普通だと思います」

 そう答えると、

「では、娘さんとインターネットについて話すこととかは?」

 インターネット? ネットも何も、裕美とは、学校のことも話したことはないし、友達とどんな遊びをしているのかも知らない。第一、裕美に友達とかいるのか?

 裕美と話すようになったのは、ごく最近のことだ。それも芙美子が憑依しているかもしれないという疑念の元、話している。

 俺は少し声を落として「お恥ずかしい話ですが、学校やプライベートなこと、ましてや、ネットのことなど、話したことはないです」と正直に答えた。

 だったら、娘とは、一体何の話をしてきたというのだ。あの事件がきっかけで、これまでのことを教師に戒められるとは思ってもみなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る