第56話 業火③

 二階から階下を見下ろしていた男たちが、

「さっきの中年男を捕まえろ!」

「あの酔っ払いの禿げのせいで、女の子が大変なことになっているぞ」

「逮捕だ。警察を呼べ!」と口ぐちに叫んだ。

 ナツミのことは、どうやら、ハサミを振り回していた男のせいになったようだ。

 男の持っていたハサミが階段の下に落ちた。そこに少女が運悪く転がって突き刺さった。

 そう解釈するのは、当然の流れだったのかもしれない。


 屈強な男が二人がかりで、酔った禿げ頭を取り押さえている。

「俺のせいじゃねえっ。ハサミが勝手に!」

 そう叫んでいる男はもはや酔ってはいないようだった。男は酔った勢いでミニスカートのコンパニオンに話しかけただけなのかもしれない。

 ただ、間の悪いことに、高枝切りハサミを手にしていた。それだけのことだったのかもしれない。

 その様子を遠巻きで見ているコンパニオンのスカートの丈を見ると、かなり短いのがわかる。男が声をかけたその衝動もある程度は理解できる。

 だが、男は分かっていなかった。あのような女性は、このような男には目もくれないものだ。それがはっきりと分かるほど、コンパニオンの女性は男に侮蔑の目を投げかけている。


 間もなくサイレンと共に救急隊員が駆けつけて来て、三人の少女はそれぞれ運ばれていった。

 腹部にハサミが刺さったナツミは既に意識はないようだった。レナの指は、溶けて縮んでいるようにも見えた。黒く変色しているので、焼け焦げたのかもしれない。少しでも触れると、ポロッと落ちてしまいそうだった。


 ミナコの火傷はひどく、何を喚いているのか分からなかった。 

「顔が熱いいいっ」と言ったり、「レナはどこだああっ」と言っているようにも聞こえたが、誰もその内容を聞いてはいない。皆の関心は、ミナコのそのひどい顔だ。横線のような指の形も痛々しいが、顔から白煙が噴き出ているのも不気味だった。

「あれは、何だ? あれも火傷なのか?」

「まだ、燃えているのか?」

「だが、どうして顔が燃えるんだ?」 

 人々には理解できないことばかりが、一瞬で起きたのだ。

 人々ができたことは、火傷を負った顔を自分の手で触ろうとするミナコを止めることだけだった。火傷に触れるとよけに酷くなる。

 

 しばらく呆然としていた俺の手を引いたのは裕美だった。

「お父さん、帰ろうよ」と呼びかけ、「お母さんの誕生日プレゼントを買ったし、用事は済んだわ」そう淡々と言った。

 まるで何事もなかったかのように。

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