第55話 業火②

 ミナコの両手を覆っていたレナの脇腹を、ミナコが肘で突いたのだ。

 レナが後ろに倒れ込むのと同時に、顔を覆っていた両手が離れていく。

 その十本の指から、接着剤や、溶けた皮膚やらが、ネバーッと糸を引いた。


 ようやく、レナの手から解放されたミナコを襲ったのは、地獄のような痛み、熱さの混ざった苦しみだった。

「レナああああっ!」

 半分潰れた目を精一杯開けて、ミナコは叫んだ。

「レナあっ、何をしやがったあああっ!」

 ミナコはレナを捕まえようとしたが、視界が悪いのか、両手を振り回すだけだ。

 その顔は火傷をしたように焼け爛れている。しかも、その火傷は、レナの長い指の形になっている。

「ああああ、熱いいっ、顔が焼けるううっ」


 一方、床にうずくまっているレナは、まるで何かの巡礼のように両膝を折り曲げ、両手を差し出している。

 その指は、長いというよりも、まるで死んだイカの足のように、力を失い、びろんと伸びきっている。

「熱いっ、あついいいっ」

 ミナコと同じように叫んでいる。

 ようやく体を動かし俺は、店に駆け込み、バケツを借りてくるとレナの手に水をざばっとかけた。

 だが、逆効果だったようだ。

 レナは、まるで熱湯をかけられでもしたかのように喚き立てた。

「あああああああっ」


 このフロアにも人は集まっているが、一階の階段の下にも人が群れているようだった。

 俺は携帯で救急車を呼び、近くの店にこの事態を知らせた。

 吹き抜けモールの一階のフロアを見ると、ナツミの周囲に人だかりができていた。

 仰向けのナツミの体の中心から、長い高枝切りハサミが生えていた。いや、突き出ていた。

 だが、ストッパーが外れていたとはいえ、あんな形状のものが体を貫くはずはない。

 それに、どう考えても妙だ。

 ハサミは床に転がって倒れていたはずだ。床に直立して待ち受けてでもいないと、彼女の体に突き刺さるはずがない。

 ハサミが自分の意思を持っていない限りそれは無理だ。

 そう、ハサミ自体に意思がない限り・・


「あっ、あっ、あっ」

 ナツミは、口を金魚のようにパクパクと開閉を繰り返したかと思うと、その口からドッと血が溢れさせた。そして、ハサミが突き出ている腹部から、じわっと血の海が広がっていった。吹き抜けのモール内に悲鳴が響き渡った。

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