第54話 業火①

◆業火


 ああ、あのファミレスで見た光景だ。

 芙美子が憑りついたような女が近藤の顔を長く大きな指で塞いだ。あの時と同じだ。

 その指は、鉄が燃えるのと同じ色をしていた。

 更に悪いことに、両手の指にはベタベタの接着剤が付いている。

 つまり、剥がそうにも剥がれないのだ。瞬間接着剤はこんな時に限って効力を発揮する。

 ミナコは両手で指をもぎ取ろうとしたが無理だった。


「うわあああああああっ」

 ミナコが叫んだ。

 ジューッ・・焼ける音が何度か聞こえた。

 すぐに異臭が漂ってきた。

 顔の肉が焦げる匂いだ。

 同時に、ミナコの顔から煙か湯気なのかわからないような白煙が立ち昇った。

 レナの指は熱を持っているようだ。それも高度の熱だ。皮膚などは完全に焼いてしまうくらいの熱だ。


「ミナコさん、ごめんなさい。こうして、指を冷やさないと、指が燃えちゃいそうなんです」

 言い訳ともなんともつかないことをレナは叫んでいる。

 ミナコは、それに抗議しようにも、レナの圧倒的な握力で頭を固定されているので、何も言えないでいる。

 そんな状況の中、俺は見た。

 レナの指が、その本人のものとは思えないほど、長く細く伸びているのを・・

 それは、人間の柔らかな肉など、いとも簡単に裁断できる指だ。

 ミナコの額から、頬、口にかけて、レナの指が覆っている。しかも、その肉を焼き切るかのように。

「あがっ、あがっはああああっ」ミナコの異様な声が聞こえた。

「ミナコさん、ごめんなさい」

 レナはしきりに謝っているが、ミナコの顔を覆った両手を引っ込めることはしないでいる。

 ミナコの顔が、どんどん燃えていく。

 噛んでいたガムが、ぽろっと口から吐き出された。

 気がつくと、空を舞うように回転していた高枝ハサミがどこかに消えていた。


一方、ナツミはエスカレーターと併走している階段に向かって、後ろ向きで歩いているいる。

自分の意思で歩いているのではない。まるで、誰かに、背中を引っ張られているような歩き方だ。


「た・す・け・て」

ナツミの口がそう動いているのがわかった。だが、その声は。ライブの音でかき消された。

仮にナツミの声が聞こえたとしても、誰も彼女を助けることなんて、できなかったし、助けようとも思わなかっただろう。

顔を塞がれているミナコには、ナツミの姿は目に入っていなかったし、俺も一瞬の出来事に何をすることもできなかった。

そして、裕美は?

俺は腰かけている裕美を見た。

驚いたことに、裕美は静かに笑みを湛えていた。

そして、「誰も、逃げられない・・」そう言った。


改めて、階段の方を見た俺の目に移ったのは、階段を転げ落ちていくナツミの姿だった。

頭から落ちていったのだろうか? 俺の目にはナツミの両足しか見えなかった。


すぐに、階下で誰かの叫ぶ声が上がった。

次々に人々の声が上がった。

その声の一部はこう言っていた。

「女の子の体に・・ハサミが!」

「ハサミが、刺さってるぞ」


 おそらく、空中を回転していたハサミは、あのまま階段を落下していったのだろう。

 そこへ丁度、ナツミが落ちてきた。ハサミはナツミを待ち構えていたようにその柔らかな体に刺し込んだ。


「んごほおおっ」

 今度は、レナの声だった。 

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