第53話 騒動③

 その時だった。

 風を切るような音がした。ヒュンヒュンという回転音だ。

 何か、細い棒のような物が回転してるような音だ。

 見ると、長い棒がこっちに向かって飛んできたのだ。

 それは、さっきの高枝切りハサミだった。暴れていた中年男が投げたのだろうか?

 危ない!

 俺は瞬時に棒をかわした。 

いち早く気づいたミナコも、背を低くして避けた。

 その棒は、遅れをとったポッチャリ型のナツミの額に直撃した。

コン、と軽い音がした。

 幸いなことに、ナツミのおでこに当たったのは、ハサミの持ち手側だったようだ。 それほどの衝撃ではないだろう。

 だが、ナツミは、体のバランスを崩したように、ツンツンと後ろ歩きをするように後退していった。まるで何かのツボを突かれたようだった。


 空中で、ヒュンヒュンという回転音がいつまでも聞こえている。まるでナツミの様 子を見ているように。

 ミナコがナツミを制するように。

「おいっ、ナツミ、危ねえぞ。そっちは階段だ!」と叫んだ。

 ミナコの言う通り、ナツミが変な後ろ歩きで行く先には、エスカレーターと並走している階段がある。このまま進めば、彼女は確実に階下に落ちる。


 これらは全て、ボスのミナコに突然、降ってきた災難だった。

 レナは接着剤で「手が熱い!」と言っているし、ナツミは、ハサミの衝撃でおかしくなったのか、勝手に体が動き始めたようだ。


「ひいっ、誰か、た、助けてっ」

 ナツミは、助けを求め、両手を差し出しながら、更に後ろにつんつんと後退していく。

「ナツミ、ふざけてんのか!」

「違うんです! ミナコさん、体が勝手に!」

 ミナコがナツミの方へ駆け寄ろうとした瞬間、

「ミナコさん」

 今度は、レナがミナコを呼び止めるように声をかけた。

「えっ?」

 レナの呼びかける声に、ミナコは振り返ろうとしたが、それはできなかった。

 振り向こうとしたミナコの顔を、後ろからレナが両手で覆ったからだ。

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