第51話 騒動①
◆騒動
裕美の言葉に、三人揃ってゲラゲラと笑い出した。
「おい、聞いたか。中谷くんだってよ!」ミナコが、ナツミとレナに言った。
「裕美と同じ苗字のおっさんかよ」とナツミ。
「しかも、くん呼ばわりって、もうそういう仲になってるの?」とレナが言った。
「やっぱり、他人じゃねえか!」ミナコが激しく言った。
ミナコに合わせてナツミが「あたしらを騙したんだね」と言った。
お色気派のレナは、「やっぱり、私らに隠れて、そういうことをしていたんだね」と微笑んだ。
そう言われても仕方ない。娘は父親を「くん」付けで呼んだりはしない。
だが、それよりも・・こいつら、うっとうしい・・
事態が大きくなりそうな予感がした。周囲の人は迷惑が及ぶことを怖れて、どこかに逃げてしまった。
後で、学校に言わなければならない。ここで事を大きくするのは得策ではない。まさか、中学生と口論となって、俺が手を出したりしたら、こっちの不利になる。そうなるのは目に見えている。
そんな俺たちの口論を封じ込めるように、一回のフロアのバンドの音が轟いた。再び下手くそなボーカルが音の割れたスピーカーを通して聞こえてきた。
その音に負けずと、実演販売のセールストークが炸裂した。「高枝切りハサミ」の説明がうるさい。
そんな音量に負けずと、俺は裕美の手を引き「こんな連中、相手にすんな。明日、お父さんが学校に訴えに行く」と三人にも聞こえるように言った。
「逃げんのか!」
ミナコの大きな声がしたが、俺には裕美の言ったことの方が気になった。
裕美は、
「逃げるのはどっちかしら?」と小さく言った。
そんな言葉も聞き逃さなかったミナコが、「てめえ、ふざけてんのか!」と怒鳴った。
同時に、一階のステージの音が更にやかましくなった。音量を上げたようだ。
「うるさいなあ」
そんな俺の声が自然と出ていた。
音もうるさいし、こいつらも面倒くさい連中だ。階下の音も、こいつら不良もうっとうしい。
俺がそう思った時、裕美が口を開いた。
「本当にそうね」と言って、「ねえ、この子たち、うっとうしい?」と訊いた。
この状況の中、俺の心は歪んだのかもしれない。
「ああ、本当にうっとうしい」と答えてしまった気がする。
その言葉に応じるように、
「この子たち、いなくなればいいのに・・」と、裕美は言った。
その言葉を聞いたことがある。経理の白井さんが言っていた言葉と同じだ。
そして、裕美はこう続けた。
「悪い子は、懲らしめないとね」
そう言った声はもはや裕美のものではなかった。
「ね、お父さん」・・今度は、「お父さん」と呼んだ。だが俺には「ね、中谷くん」と聞こえた。
それは、裕美にとって、同じだったのかもしれない。
いや、裕美にとってではなく、芙美子にとってだ。
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