第50話 待合所③

「裕美、この子たちは、裕美の友達じゃないよな?」

 俺は座っている裕美に念のために確認した。

 裕美は「ううん」と首を横に振った。

 友達でないのなら、ここにいる必要はない。

「裕美、行こう!」

 俺は、裕美に手を差し伸べた。

 裕美も俺の手をしっかり握った。こんなの初めてのことだ。

 すると、伸ばした裕美の袖口がすっと上がって、前腕が剥き出しになった。

 そこには、痛々しい火傷のようなものが認められた。最近、できたものに見えた。

「これは・・どうしたんだ?」

 父娘と言えども、娘の体の異常にこれまで気づかなかったことが情けない。

 俺が訊ねると、裕美は、その手を上げ、

 少女たちの一人を指した。ボスのミナコだ。

「タバコや、化学の実験道具で焼かれた」

 裕美は正直に言った。

「実験道具だと!」

 俺は、その場を一瞬で想像した。

 暗い学校の実験室・・少女たちに取り囲まれる裕美。理由もなく、タバコの火を押しつけられたり、ランプか何かの火で皮膚を焼かれる裕美。泣き叫ぶ裕美。

 妻も裕美の腕のことを知らなかったのか? それとも俺に言わなかっただけなのか。

 そういや、裕美はここ最近、長袖だったな。火傷を知られたくなかったのだろう。


「お前ら!」

 俺は少女たちに言った。俺の大きな声で、近くの家族連れが席を外した。

「なんだよ、おっさん」ミナコが負けずと声を出す。

「裕美にこんなことをしたのは、お前らか!」

 そう抗議した俺の顔を見て、ミナコはニヤリと笑って、

「何言ってんの、裕美がしてくれって、言ったんじゃん」と言った。ガムのクチャ音がうっとうしい。

「そうそう、私、マゾなのぉって」

 レナというお色気少女がポケットに手を入れたまま言った。

「裕美がそんなことを言うわけないだろ!」

 俺の言葉にもめげず、ポッチャリタヌキのナツミが、

「あんた、本当に裕美の親父かよ」と言った。

「そうだと言っているだろ!」

「だったら、その火傷、気づかないの、おかしいだろ!」ミナコが言った。

 返す言葉が見つからなかったが、

 俺は、こう思った。

 イジメの主犯はこの女だ。ミナコという背の高い少女だ。後の二人はミナコに従っている。

 そう思った瞬間、その声は聞こえた。

「そうよ、この女が一番悪い・・」

 裕美の声か?

 そう思って見下ろすと、裕美は薄らと微笑んでいた。「そうよ、私が言ったのよ」と言わんばかりの顔だ。

 その声はこう続けた。

「ミナコが、一番悪いけれど、ナツミが私に火傷を負わせたし、レナも同じように加勢した。みんな同罪・・」

 それは紛れもなく裕美の声だった。

 みんな、同罪。

 それは裕美の声だが、裕美はその後、俺のことを、

「お父さん」と呼ばず、「中谷くん」と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る