第49話 待合所②
「裕美!」
俺は他の女の子たちを無視するように裕美に声をかけた。同時に、女の子たちは一斉に俺を見た。そして、同時に訝しげな表情に変わった。
ボスのような不良少女が俺を上から下まで舐め回すように見た。ボスタイプは背が高く、長い髪を薄い茶色に染めている。とても中学生には見えない。もしかしたら、女子高生かもしれない。鋭い目をして、動物で例えるなら、キツネタイプだ。
そして、もう一人はポッチャリ型、いや、肥満型だ。こつはタヌキかもしれない。
だが、腕力はありそうだ。
残る一人は、敢えて言うならお色気タイプだ。同じように髪を染め上げているしパーマもあてているようだ。校則はどうなっているんだ?
お色気タイプはポケットに両手を深く入れて、しきりに中の物をいじっているようだ。何か刃物でも取り出すぞ、という脅かしのサインなのか?
いずれにせよ、三人共、まともな中学生には見えない。
そんな中途半端な年齢と成熟過程の体ゆえに、残酷なことをするのかもしれない。
少なくとも、俺が中学生の時は、これほどひどい連中はいなかった。
体が成長したのか、それとも、心が歪んでいったのか?
ボスの少女は、口の中でガムをクチャクチャさせながら、裕美に向き直って、
「裕美。真面目な顔をして、エンコーかよ」と笑った。
援助交際・・
そういう目で見られても仕方ないだろう。俺は、父親にも見えないし、兄貴としても認めてもらえなかったようだ。
けれど他にもあるだろう・・例えば、教師とか、親戚の若い叔父さんとか。
いずれにせよ、この場では俺の一言で片付く。
俺は、不良少女たちに向かって、
「娘に、何か用か?」と大きく言った。
そんなことを言わなくても、俺という大人の出現で普通は身を退くものだ。それとも、彼女たちは、こんな場面に手慣れているのか?
援助交際をしている女子を相手の男がいる前で恐喝したり、そんなことを日常的に繰り返したりしているのか?
だが、俺が目の前で「父親」ときっぱりと宣言すれば問題はない。即、退散することだろう。
そう思っていたが、問題はそう簡単ではないようだった。
ボス少女が裕美に向かって、
「裕美、てめえ、親父はいない、って言ってたじゃねえかよ」
さっきのボス少女が口汚い言葉づかいで言った。
裕美は学校ではそんなことを・・
ボス少女は、更に太った少女に「ナツミ、そうだったよな。何回か訊いたよな。父親無し子だって」と確認するように訊いた。
「そう言ってましたよ。ミナコさん」
ナツミと呼ばれた肥満少女の言葉を聞いて、ミナコという名前らしいボスの少女は、
「裕美、やっぱ、嘘をついているじゃねえか」と言った。
だが、裕美はそんな言葉を聞いても少しも動じていないように見えた。
動じていない・・
つまり、裕美は落ち着いているのだ。
妙な違和感がある。とても苛められている風には見えない。そんな裕美の態度に、三人の少女はイラついている風に見えた。
「ねえ、おじさん。裕美なんかと遊ばないで、私たちと一緒しない?」
お色気少女はポケットに手を突っ込んだまま、しなだれるように言った。その唇には真っ赤な口紅が引かれている。
ああ、そうか、こいつはこういう類の少女なんだな。それこそ、この子は援助交際をしているかもしれない。
「レナ、このおっさん、エンコーしてるってことは、金を持っているかもしんねえぞ」
ミナコが言った。お色気タイプは、レナという名らしい。
「ええっ、本当? おじさん、お金、たくさん持ってるの? レナ、お金、大好きなんだけどぉ」
レナが色気たっぷりに擦り寄ってくる。
お話にならない。
これ以上、少女たちに関わるのは得策ではない。
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