第46話 ショッピングモール①

◆ショッピングモール


 喜んでいいのか、不気味なのかわからないことが起こるものだ。外ではもちろんのこと、家でもおかしなことが起きる。

 それは義理の娘の裕美のことだ。

 妻が風呂に入っているのを見計らってか、裕美は二階から降りてきた。

 そして、ソファーの向かいに腰かけると、

「ねえ、お父さん」と呼び、「今度、お母さんの誕生日でしょ」と話を切り出した。

 こんな形で話すことのなかった裕美の様子は。初めて会った時から比べるとすっかり大人になったように見えた。中学生とはいえもうすっかり大人の体だ。

 裕美が妻の誕生日を切り出したのはなぜか・・驚いたことに、誕生日プレゼントを俺と選びたいから、今度の日曜日、買い物につき合って欲しい、そう言い出したのだ。

「私は、お母さんの好みはだいたい分かるんだけど」と言って、「やっぱり、こういうのって、お父さんと選んだりするもんじゃないかなって」と続けた。


 一体どういう風の吹き回しなんだろう?

 でも、いいじゃないか。年頃の女の子だ。そんな心の変化があってもおかしくなはない。

 俺は裕美の提案を有難く受けて、次の日曜日、出かけることにした。その目的を妻にいう訳にはいかないので、「初めての裕美からの誘いだ。二人きりにさせてくれ」と言い含めた。

 妻の喜びは言うまでもない。妻は、少しずつでも二人の距離が縮んでくれることを望んでいる。

 だが、裕美が見たこともない映画を見た、と言っていることについては、俺も妻もずっと言いようのない不安が続いている。


 ショッピングモールは、この街で一番大きな施設だ。地元の若い人達も大勢詰めかけている。家族連れも多い。

 吹き抜けの三階には、専門店が並んでいる。その中のアクセサリーショップに入った。

 予め、裕美はプレゼントするアクセサリー、つまりネックレスを決めていたようだ。

「お父さん、これ、どう思う?」

 そう訊かれて、反対するわけにもいかない。「裕美が決めたものなら、何でもいいよ」というのも投げ出しているようだ。

「お母さんは、こういうデザインのものが好きかもしれないな」そう応えた。


 だが、ネックレスの代金は中学生のお小遣いで買えるようなものではなかった。

 だから、俺を連れて来たのか? と思ったが、どうも違うようだった。

 裕美は「貯めていたの」と言って、レジに向かった。

 何か父親らしいことでもしようと、二階のフロアに若い子の行きそうな喫茶店があったのを思いだし、裕美を誘った。裕美は断らずに喜んで賛成した。

 ボックス席に向かい合わせで座ると、なぜか照れ臭い。

 何故なら、どう見ても俺たちは、父娘には見えないだろうからだ。裕美の父親というには、俺は若すぎる。第三者から見れは、年の離れたカップルに見えるかもしれない。 いや、カップルと言うには、裕美は中学生、まだ子供だ。

 となると、俺は少女をたぶらかしている中年に見えないこともない。


 そんな裕美は、年頃の女の子らしい、パフェとか注文すると思っていたが、予想が外れた。

 メニューを見ながら、裕美が頼もうとしたのは、シナモンティーだった。

 なぜだ?

「紅茶が好きだったのか?」

 しかもシナモンティーが・・

 そう尋ねた。俺の知っている限り、裕美は家ではコーヒーだったはずだし、朝はいつも牛乳だった。記憶を手繰り寄せても紅茶が結びつかない。

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