第45話 十本の刃先
◆十本の刃先
俺はとりあえず話を濁すため、
「いや、病院には行ったが、詳しくは知らない」と曖昧に答えた。
だが、古田は俺の顔を見据えて、
「本当ですか?」
そう言った古田の顔は「嘘をついているだろ!」そんな顔だった。
俺はしらばっくれるように「本当も何も知らない。病院では顔を合わせたが、詳しくは・・」と応えた。
すると、
「妻から聞いているんですよ。その時にいた人の人相を」
「人相?」
「それがあなたかどうかは分からないが、近藤さんの親御さんはね、こう言っていたらしいんですよ」
「近藤の父親が・・な、何を言っているというんですか?」
俺は戸惑った。
まさか、近藤の父親が息子から聞いた芙美子の名を・・
「彼は、こう何度も言っていたそうです・・『ああ、中谷くんに悪いことをした』と」
俺に悪いことをした? 近藤の父親が俺に?
分からない・・どういう意味で彼はそんなことを言ったのだ。
だが、古田の話はそこで終わりではなかった。
近藤の父親はこうも言っていたらしい。
「・・中谷くんに謝らないと、私は殺される!」
そう古田は大きく言った。ウェイトレスが訝しげに見てるのがわかった。
俺は「ちょっと声が大きいです」と制することもできなかった。
そんな様子を見て古田は「申し訳ない。つい大きな声を出してしまって」と謝った。
「古田さん、どういうことですか? 俺に謝らないと、って」
そう訊くと「わかりませんよ」と返された。
誰にも分かるわけがない。確かに近藤の父親は俺に暴力まがいのことをした。彼が謝らなければならない、と言ったのもわかる。だが、そうしないと殺される、というのはわからない。一体誰に殺されると言うのだ。
仮に、それが芙美子だとして、近藤の親がその存在を知るはずもない。
「それで、彼の父親は、その後どうなったんですか? 容態は・・」
そう訊ねると、古田は眉をしかめ、
「それが、またよくわからない」
「というと?」
「父親の首・・」古田はそう言って自分の後頭部に手を触れた。
そして、
「正確な場所は聞いていないんですがね、どうもこの辺りに何かが刺さっているらしいんです」
「刺さる・・」
「ええ、刺さっているんです。けれど、それが何かは分からないって言うんです。不思議でしょう? 写真ではその形が映っているのに、目に見えない」
「形って、どんな形なんですか?」
「鋭利な刃物のようなものです。それが、最初のうちはね、まだ小さかったんですよ。それが徐々に大きくなって、彼の肉を突き刺していっているんです」
そして、こう続けた。
「それも、一つじゃない。刃先は10本ある。息子さんの頭に食い込んでいる数と同じだ。まるで、人間の手の指先みたいに・・」
そう言った後、「つまり、医者じゃどうしようもない」と小さく言った。
あの時のモップだ。
近藤の父親を背後から、看護師が布を外したモップをあてがっていた。ただ、あの刃先はそれほど大きくはなかったはずだ。ただのギザギザだ。
ギザギザの刃先は、両手の指のように10本あった。
それが後でどんどん大きく、指は、長く伸び・・
そう想像した瞬間、俺は大きくえずいた。
それを見た古田は、「中谷さん、申し訳ないですな。初対面の人の気味の悪い話ばかり聞かせて」と謝った。
俺は、「いえ」と言って、「それで、古田さんは、どうしてそんなことを伝えにわざわざ来られたんですか?」と訊いた。
「ですから、何でも屋です。探偵のようなものかもしれない」と古田は言って、「実は、病院の院長に頼まれているんですよ」と続けた。
「院長?」
古田は「ええ」と頷き、「つまり、病院では抱えきれない問題を、院長は外の人間を使って調べているんですよ。何の関係もないような事柄が、実は患者の症状と繋がっていることもある。院長はいつもそう言っています。これも勉強です」
そういうことなのか。一応は理解したつもりだ。
だが、彼の仕事や、院長の言いたいことはわかるが、何の解決にもならない。そう思う。
古田さんがここに来た理由はわかったが、彼に何も答えようがない。
「けどね、古田さん。近藤の父親が何を言ったのかは知らないが、俺には全くその発言の趣旨がわからない。それは本当です」
そう言った俺に古田はニヤリと笑ってこう言った、
「芙美子のこともですか?」
芙美子・・
心臓が強く打ち始めた。まるで胸を叩くように鳴った。
俺はようやくの思いで「知らない」とだけ応えた。
すると、古田はまたニヤリと笑って「また、連絡しますよ」と言った。まるで「今日のところは勘弁してやる、と言わんばかりだった。
だが、この古田という男は近藤親子のことは知っていても、俺が大学の時につき合っていた市村芙美子のことまでは知らないはずだ。
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