第44話 喫茶店②

「正式な死因は私も妻も分からないのです。担当の医師も何人か変わっていますし。それに・・」

「それに?」俺は話を促した。

「何やら、病院側の機密事項らしいですから」

「随分と大袈裟ですね」

 俺がそう言うと、「ええ、本当にそうです」と笑って、「ただ、簡易の死因は聞いています。表向きの死因ですがね」

「何ですか?」

「圧死です・・」

 古田はそう言ったが、「圧死じゃないかと、というのが大まかな見解なんですよ・・しかも原因不明の圧死です」

「原因不明の圧死?」

 病院側に写真を見せられた近藤の父親は言っていた。「息子の頭蓋骨に手のような物が食い込んでいる」と。

 古田は、「私の妻は看護師長をやっていますが、病名や、人間の体のことについてはてんで疎いんですよ。だから、中谷さんに上手く伝えられない。ただ、妻が言っていたことはわかる」

「奥さんは何と言っていたんですか?」

「何かに押し潰された・・そうとしか思えない、と」

「押し潰された・・」

「それも、一か所ではない」

「一か所じゃないって、何か所もですか?」

「ええ、何か所も・・正確に言うと、10箇所ですがね」

 古田はそう言うと、両手を前に出した。そして、大きなボールを掴むような形を作った。

「ちょうど、こんな具合です。彼の顔面、鼻を境に4本のそれぞれの指。そして、こめかみに親指のような跡・・併せて10箇所の頭蓋骨の陥没ですよ」

「頭蓋骨に10箇所の陥没・・」

 それは、今度の父親が写真で見たという長い指のことなのか? 大きく長い指が近藤の頭蓋骨を押し潰した・・そういうことなのか?

 胸が悪くなってきた。あの時の近藤の父親の顔が目に浮かぶ。

 同時に、看護師にモップで突かれた時の顔も思い出した。食事中でなくてよかった。

 俺はコーヒーではなく、水を飲んだ。


 そんな俺を見ながら、古田は「圧死も不可解ですが、もう一つ、分からないことがあったらしんです」と言った。

「何ですか?」

 こうなったら何でも聞いてやる。

「彼の胃の中に、大量のあるものが入っていたんです」

「あるものって?」

「それは、水です」 

 水! 

 再び飲もうとしていたコップに触れた手が止まった。

 古田は、「それも、水道水なんかではなく、どこのものか全くわからない水です」と眉をひそめて言った。

「それも、溺死レベルの大量の水だそうです。しかも濁った泥のような水だ」

 想像すると、更に気分が悪くなった。俺は空えずきを二度繰り返した。


「それだけだったら、まだいい」

 古田は「続きがあるんです」と言わんばかりに話を続けた。

「近藤さんの父親が、息子さんの見舞いに来ていましてね」

 あの後、彼はどうなったんだ? 彼は俺に襲いかかろうしたが、看護師に背後から布を取り除いたモップで突かれていた。手当のために病室に運ばれたはずだ。

 モップの刃先はそれほど鋭くはなかったと思う。軽傷で済んでいると予想した。


「息子が亡くなった後、父親が入院することになりました」

「え、入院って・・」

「おや、中谷さんは御存じではない?」

 そう言って、古田は「その時の経緯は、中谷さん、あなたは、御存じなのではありませんか?」と尋ねた。

 確かに俺はあの場に居合わせた。というか、当事者のようなものだ。

 俺はあの時、師長に名前を言っていたのだろうか?


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