第43話 喫茶店①

◆喫茶店


 数日経ち、会社の様子も落ち着き始めた頃、俺のデスクに一本の電話が入った。

 相手は、古田という男だった。

「中谷さん、少しお時間を頂きたいのですが・・」

 要件も言わずに古田は面談を申し出てきた。

 俺は「あいにく、知らない人と話すほど、時間がないんだ。忙しい」と断りかけると、

「中谷さんのご友人・・つまり、近藤さんのことで少々お伺いしたいことがあるんですよ」そう男は言った。

 まさか、警察? いや、それはおかしい。近藤と会ったファミレスでは俺は何も犯罪にかかわるようなことはしていない。

 気味が悪いので、午後三時、会社の向かいのビルの一階にある喫茶店で落ち合うことにした。

 このコーヒー専門店は仕事の打ち合わせでよく使う場所だ。マスターもウェイトレスもみんな顔なじみだ。

 店の女の子が「中谷さん、いつものコーヒーですか?」と訊いてきたので、

「相手が来てから頼む」と答えた。

 しばらくすると、古田はやって来た。

「中谷さんですか?」

 俺は「そうです」と答え、古田を向かいに座らせた。

 古田という男は50歳前後の風采の上がらない男だった。中年太りの上、髪も薄い。

 俺が話しかける前に、男は名刺を差し出した。

 そこには古田一郎と事務所の住所、携帯番号が書かれてある。会社の名前は記載されていない。

「個人で、いろいろとやってましてね」

 古田はそう言った。

「個人・・といいますと」

「探偵まがいの調査。頼まれ事・・いわゆる何でも屋ですな」

 怪しい職業だ。関わりたくない。

 早く話を済ませたい。いったい何の話だ?


 ウェイトレスがいつものように二人分のホット珈琲を持ってくると、古田は勘定書を自分の方に位置した。

 そして、

「近藤さんのことはご存知ですよね?」

 古田は話を切り出した。

「ええ、学生時代の友人ですから」

「・・今、どうしているかも?」

「知っています。今、入院しているはずです」

 そう言った俺の顔を訝しげに見て、

「実は、私はね。近藤さんの入院されている病院の関係者と知り合いなんですよ」と言った。

「病院の関係者って? あそこの院長か、他の誰かの知り合いですか?」

 そう訊ねても答えずに、

 古田は続けて「近藤さんがどうなったのかも・・ご存知ですか?」と言った。

 俺はイラついた。

「ちょっと待ってください。そっちが病院とどういう関係なのか教えてくれないのに、一方的に言うのは失礼ですよ」

 俺が怒りの態度を見せると古田は薄らと笑い、

「そうでしたな。これは失敬」と言って、「まず、言っておきたいのは、私は、探偵でもないし、当然、警察でもない。何かをネタに強請ろうとする卑劣な人間でもない」と続けた。

 そう言われるとよけいに気になる。


「中谷さんがお知りになりたいのなら、言います」

「ええ、教えてください。誰だってそう思いますよ。薄気味悪くて仕方ない」

 すると古田さんは答えた。

「私は、あそこの病院・・藤堂病院の師長の夫です」

 あの病院のしっかり者の看護師長の旦那か。

「師長さんなら、一度会っていますよ。しっかりした様子の方だった」俺はそう言った。

 古田は「自己紹介はこれくらいにして」と一区切りして、

「近藤さんが、亡くなられたのはご存知ですか?」

「近藤が亡くなった?」

 俺が驚いたように言うと、古田は「ええ」と頷いた。

「死因は? 何ですか?」

 恐る恐る訊いた。

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