第39話 それから①

◆それから


 それから、工場中が騒然となった。

 救急車のサイレン。パトカーの音。そして、その後、保険屋、地方紙の記者。おまけに見物客。いろんな人種が入り乱れて、工場は一時閉鎖となった。


 工場長の木村さんはしきりに「私が悪いんだ!」と言っている。工員の一人は、そんな工場長を助けるように「工場長は、ヘルメットを被るように言ったんです。でも花田課長が、頑として被らなかったんです」と擁護した。

「そうだ! ヘルメット被っていれば、これほど酷くはならなかったんだ」

「それに、重機が故障中だったことを、工務の人は知っていたが、工場長は知らなかった」

 そんな話を聞いていると、工場長の人望が伺われた。みんなで工場長をかばっている。

 対して、被害者である花田課長の味方をする者はいなかった。

「花田課長は、女性社員にいいところ、つまり、自分の権限を見せたくて、女の子を乗せたとしか思えない」

「本社の女性や、支店の女性にまで手をだしていた」

 そういう意見がほとんどだった。

 その陰で、「きっとセクハラの罰が当たったんだ」とか、「イヤな男だった」と囁かれていた。


 そして、当の白井さんは、重機がおかしな動きをし始めた時から、記憶が抜け落ちているらしい。

 だが、俺や、工員たち、そして工場長も見ている。

 白井さんが意識が無かったというその時間。しっかりとレバーを握っていたことを。

 それが白井さん自身の意志なのか、それを証明することは、また難しい話となる。


 けれど、白井さんにとって幸いなことに、若い男性工員たちは皆、白井さんの味方をし、白井さんを悪く言う者は、俺も含めていなかった。

 だからといって、白井さんは落ち込まないわけはない。

 あれきり、心を閉ざしたかのように沈み込んでいる。

 時折、俺を見ては、

「どうして、あの時、ショベルに乗りたいなんて、私、言ったのでしょうか?」と言った。

 そんな白井さんの顔に、もう芙美子の顔は重なってはいなかった。いつもの白井さんだった。


 花田課長は、緊急病院に搬送された。

 一命は取り留めたようだが、頸椎を損傷していて、頭蓋骨も陥没し、あばら骨も数本折れ、内臓も一部破裂していた。当然、意識はないし、意識が戻ったとしても、元の生活に戻れるか不明だそうだ。

 医者が言うには、「生きているのが不思議だ」ということだ。

 そして、こうも言っていたらしい。

「まるで、何者かによって、生かされているようだ」と。


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