第38話 重機②
芙美子の声が聞こえた次の瞬間、
課長の背後のパワーショベルが咆哮のような音を上げた。
同時に、ぐわっと巨大アームが大きく横に振れた。
・・ゴンッ!
そんな鈍い音が聞こえた気がした。実際には音はしていないが、
その音は課長本人には聞こえたはずだ。
真横からアームの先端の刃先が、花田課長の頭にありえない勢いでぶち当たったからだ。
花田課長は一瞬、「あれ?」と言ったような顔をした。
その衝撃がいったい何なのか? その正体が分からない様子だ。だがその顔はほんの一瞬だった。すぐにその表情をグニャリと歪め、あり得ない角度までひん曲がった。
おそらく、悲鳴をあげる暇もなかったのだろう。
頭が潰れたのでは? と確認する前に課長はその場に勢いよく突っ伏した。
若い男子工員が「おい、ウソだろ!」と声を上げ、横の山下さんが口に手を当て、「あわわっ」と叫びそうになる声を抑えている。
工場長の木村さんは「花田課長!」と大きく言って、倒れた課長に駆け寄ろうとしたが、できなかった。
ショベルのアームが旋回して再び戻ってきたからだ。
アームは、花田課長の頭を小突いた後、ウイーンッという機械音と共に一回転し、倒れた課長の真上でストップした。
そして、硬い地面を掘削するような体勢になった。
アームが最大限まで上がった。
課長の様子も心配だが、ショベルの荒い動きを見ていると、操縦している白井さんの身も案じられる。
いくら、白井さんと芙美子が重なって見えたからといっても、あの位置から振り落されれば大怪我をする。
俺は操縦席を確認した。
そこにはヘルメットを被った白井さんがいるはずだったが、
長い髪をふわりと広げた姿は白井さんには見えなかった。
薄暗い空を背景に、重機のレバーを握っているのは、紛れもなく芙美子そのものの姿だった。
今この瞬間に、芙美子は白井さんの体を操作している。まるで重機を操作するように。
そして、その長い指は、白井さんの体を動かすだけでなく、指は更に長く伸び、アームの先端にまで届いている。
そう・・ショベルのハサミの刃先は、まさしく芙美子の指だ。
「誰か、ショベルを止めろ!」
誰かがそう叫ぶと、若い男性工員が重機の側面から、操縦席に昇り、操縦席のドアを開けた。そして、白井さんの持つレバーに手を伸ばした。
ほっと胸を撫で下ろした瞬間、重機が大きく揺れた。
その勢いに男は、支えを失い、そのまま外に放り出された。
パワーショベルが邪魔者を排除した。そんな風に見えた。
そして、自由を得たかのようなパワーショベルのアームは、花田課長の体の上に、その凶器のようなハサミ機を広げた。
アームが課長の体まで降りてくると、
その指のような刃先を、ぱかっと広げ、課長の太った体をつかみ込んだ。
そして、何かをついばむように、ハサミの口が閉じた。
べきっ、
そのイヤな音は、ここまで届いた。
その音が、課長の骨を噛み砕いた音なのか、砂利を粉砕した音なの判別出来なかった。そんな音を聞いたこともないからだ。
左右併せて10本の刃が、課長の柔らかな部位を突き刺していた。
刃の間から、血がドロッと流れ出て来るのが見て取れた。
課長の上半身は、ショベルのハサミ機で包み込まれていたが、その両脚がはみ出ている。
だが、その足は二本とも力を失ったように、ビクンビクンと生々しい痙攣を繰り返している。
粉砕の開閉は、一度ではなかった。ハサミ機は数秒おきに何度か開閉を繰り返した。
まるで、ショベルのハサミ機が課長の体を食べているように見えた。
ぐちゃっ、ぐちゃっと生々しい音が繰り返された。
音と並行して、血飛沫が、びゅっ、びゅっと何度か飛んだ。
凶器のようなアームは、獲物を捕食し終えると、その刃を静かに上げていった。
アームが上がると、その下に無残な姿となった花田課長の体が残されていた。
横の山下さんが、気を失ったのか、その場にズルズルと倒れ込んでしまった。
けれど、山下さんの慕う工場長の木村さんは無事だ。花田課長の近くにへたれ込んでいる。
事故のショックと、これから問われるであろう責任を思い、立っていることが出来ないでいるのだろう。
そして、山下さんの他に、もう一人、気を失っている人がいた。
それは、操縦席に突っ伏している白井さんだ。
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