第33話 行動①

◆行動


 花田課長は、俺を見て、「もう休憩は終わったのかね?」と眉をしかめて言った。

 白井さんと二人きりに慣れないじゃないか! 少しは気を利かせろよ、と暗に言いたげだ。

 すると、花田課長は戦法を変えたのか、

「白井くん。休憩がてら、工場の様子でも見学に行かんかね?」と白井さんを誘った。

 そして、俺を見て「お前は来なくていい、ここにいろ!」という目配せをした。

 ま、工場内なら、他の社員の目もあるし、おいそれと如何わしいことはできないだろう。


 俺は会議室に残って作業することにした。

 白井さんは、俺をチラチラと見ているが、致し方ない。俺も宮仕えの身だ。これ以上、課長の機嫌を損ねると、何をされるかわからない。


 そう思った瞬間、何故か、胸がズンと何かに押さえつけられたような感覚があった。

 いったいなんだ、この息苦しさは? 加えて、急に寒気がしてきた。

 そんな予感めいたものとは関係なしに、課長は白井さんと外を散策できる喜びで、浮足立っているように見えた。


 白井さんは、

「そうですね。私も気分転換をしたいと思っていたところです」と課長の提案に同意した。

 そう言った後、白井さんは俺を見て、

「中谷係長」と呼びかけた。俺が「え?」と返すと、

 白井さんは会議室の窓を指し、

「この窓から、あのパワーショベル、よく見えますね」と言った。

 白井さんの意図することがわからない俺は「そうだな。よく見える」と返した。

 白井さんは、言い終えると、

 結っている髪を振り解いた。想像よりも長い髪がふわりと広がった。


「おお、白井くん。女は髪が変わると、随分とイメージが変わるもんだな」

 課長は感激するように言った。更にセクハラ的欲望が高まったような顔に見える。

 そんな課長に白井さんは、

「課長、あのパワーショベル、私、乗ってみたいのですけど」

「え? 白井くんが?」課長はきょとんとした顔を見せ、「乗るって?」と言うと、

「私、自分で運転してみたいです」

 白井さんはそう言った。

「君は免許を持っているのかね」と課長は訝しげに尋ねた。

「ええ、大型の特殊免許なら、持っていますよ」

 白井さんはそう答えた。

 わが社の特質上、免許を持っていても不思議ではない。だが、入社してそれほど時間の経っていない彼女が免許を持っているというのは少々驚きだ。


「だが、あのショベル、調子が悪いらしいぞ」

課長は残念そうに言った。

「それも、乗って、ショベルを動かせば、悪い箇所が分かるかもしれません」

 そう言った白井さんに課長は「君ねえ、いくらなんでも、そう言われたからと言って私も、はい、そうですか、と許可は出せないよ」と渋った。もはやセクハラどころではない。

 すると、白井さんは続けて、

「私、前に一度、別の工場で、重機の悪い部分を発見したことがあるんですよ」と言った。

 課長は「うーん」と考え、「へえ、それは頼もしいな」と考えを変えるように言った。

「工場長に言ってみるよ」

 花田課長はそう言った。白井さんのお願いだ。聞いてやらないわけにはいかない。見返りを期待しているのか、花田課長は張り切って言った。


 そんな会話をしながら、二人が出ていくと俺は仕事に戻った。

 今夜は、課長の経費で飲み会となるのだろうか? 白井さんがいる限りは、俺はつき合わざるを得ないな。遅くなる場合は妻に電話を入れないといけない。

 そして、俺は二次会あたりで、課長に追い返される。そんな予想だ。

 もっと予想を伸ばせば、その領収書がわが経理部に回される。俺がいたことにして会議費あたりの名目で経費で落とす。

 さっき白井さんが疑惑の目を向けた工場長と事務員の山下さんとかぶってしまう。本社も工場も同じか・・

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