第32話 領収書②

「これって、横領ですよね」

 白井さんは強く言った。高額だし頻度も多いらしい。引当金の未精算の額も膨らんでいるそうだ。

 白井さんは、「不倫は、別にかまいませんが」と前置きして、

「会社のお金で不倫行為の費用を捻出するのは、どうかと思うんです」と言った。

 当たり前だ。

 だが、そんな事実を語る白井さんの口調がかなり荒いことに気づいた。

 そんな白井さんに俺は、「公費を使い込んでいるかどうかは別として、あの二人が不倫をしているとは限らないと思うぞ。ただの慰労を兼ねての食事会かもしれない」と言った。

 そんな俺に白井さんは、「信じてくれないんですね」と言って、「係長は、性善説に立つ方なんですね」と続けた。白井さんは俺の経理社員としてのことを言ったのだろう。


 そう思っていると、白井さんは、

「係長は、私が花田課長にどんなセクハラを受けているか、ご存知ですか?」と言った。

「え?」

 俺が戸惑いの顔を見せているのを見て、白井さんは「いえ、何でもありません」と口をつぐんだ。

 その様子を見て俺は思った。

 ひょっとして、白井さんは、花田課長から想像以上のことをされているのではないだろうか? 

 深く訊こうとしても「言いたくありません」と予想通りに答えが返ってきた。そして更に白井さんは「会社を辞めたくても、父が病気で・・そんなこともできないんですよ」と言った。


 会議室から、山下さんが退出するのが見えたので、部屋に戻ることにした。

 白井さんが、山下さんが通り過ぎるのを見ながら、

「なんだか、山下さんの様子が、おかしいですね」と言った。

「そうだったか? 俺には普通に見えたが」そう答えると、

 白井さんは、

「花田課長のセクハラ行為、女性の年齢なんて、おかまいなしらしいですから」と言った。

 課長は、事務員の山下さんにまでセクハラを?

その可能性もある、ということか。


 二人で一緒に戻ると、課長に勘ぐられるかもしれないので、少し時間をずらした。

 俺はトイレに行き、遅れて戻った。

 戻ると花田課長は、事務員の山下さんの悪口を言っていた。

「なあ、白井くん。さっきのおばさん、この工場に何年いると思う?」

 訊かれた白井さんは「さあ?」と答えを濁している。

「もう私が知っているだけで、30年以上もいるよ。結婚もせずに、この会社に骨を埋めるみたいだ。本人はそれでいいかもしれないがね。給料は年々上がっていっているんだ。会社も首にはできないからね」と散々なことを言いながら、「工場長の木村も独身なんだから、引き取ってやればいいのに」と更に失礼なことを言った。

・・なんだ、あの二人、不倫じゃなかったのか。もしかして清い交際なのか。

 いや、いずれにしろ、清い交際に公費を使っていたのならそれはダメだ。


 最後に「やっぱり、女の子は若い方がいいよなあ」と自分に言うように言った。

 そんな話をして、白井さんが食いついてくるとでも思っているのだろうか? 逆に嫌われることも理解できない頭の構造をしているらしい。

 こんなのが俺の上司だというのか、バカらしい!


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