第27話 「ひまわり」①

◆「ひまわり」


 俺は、芙美子という存在にとり憑かれている・・

 それは心理的なものなのか。それとも実際に芙美子は存在しているのか?

 芙美子は、まだ生きている。いや、もう死んでいる。

 その言葉が俺の頭に反芻された。だが、どこにもその答えは見いだせない。

 もし、芙美子がこの世にもういないのだとすれば、それを確認する方法が一つある。

 それは、あの洞窟に、もう一度行くことだ。


 夕飯時、帰宅すると、珍しく娘の裕美がリビングにいた。リビングのソファーでくつろぎスタイルで大型テレビを見ている。そんな姿を見るのは初めてのことかもしれない。

 娘・・義理の娘は俺が帰宅する前には、いつも二階の自分の部屋に上がっている。できるだけ俺と顔を合わせたくないのだろう。

 そんな娘が、どういう風の吹き回しか、俺に「お帰りなさい」と普通に言って、また大画面に目を戻した。

 普通じゃないか・・

 妻は、裕美が学校で虐められていると言っていたが、そんな感じもしなかった。

 俺は、着替えを済ませ、妻の用意した食事を摂りながら、裕美の見ている画面を見た。

 ・・これはレンタルDVDの映画か?

 だが、この映画は・・

 俺がそう思うのと同時に、妻が何か言いたそうにしている。

 妻は「裕美のこと、どう思う?」そんな目配せをした。何の合図なのか分からない。

「このDVD、裕美が借りてきたのよ」

 妻はそう言った。

「いいじゃないか、見たいものがあるというのは・・気晴らしになるだろう」

 俺は、暗にイジメのことを指したつもりだ。

 だが、妻は、「そういうことじゃない」という風な表情を作った。

 

 そして、俺は妻の言いたいことが少し分かったかもしれない。

 それは、裕美が借りてきたDVD。その題名だ。

「ひまわり」・・それは言わずと知れた名作だが、モノクロだし、裕美のような若い子が見るような映画ではない。

 伊・仏・ソの合作映画。

 戦争が生んだ男女のすれ違いの悲劇。ソフィア・ローレン主役。そして、主題曲はあまりにも有名だ。

 だが、この映画は・・

 学校での誰かの推薦か、はたまた、ネットのレビュー等で探し当てたのか?

 普段、聞くことのない外国語の会話が耳に届く。

 近い距離で画面を見ている裕美の横顔が、テレビの光の点滅で明るんだり、暗くなったりを繰り返している。


 俺は、裕美と会話をするチャンスだと思い声をかけた。

「えらく古い映画を見ているんだな」感心するように言った。

 すると、裕美は、俺の方に向き直って、

「・・懐かしいから」と応えた。久々に見る裕美の顔だ。

 懐かしい? 裕美は以前にもこんな古い映画「ひまわり」を見たことがあるのか?

 俺の疑問をそのまま投げかけるように妻が、「裕美、前もDVDで見たの?」と尋ねた。

 そう訊きたくなるのも分かる。まずテレビのロードショーですることはないし、映画館で上映することもない。

 映画館?・・

 すると、裕美はこう答えた。

「だって、昔、一緒に見たじゃない」

 その答えに妻が「一緒?」と驚き、再度「私と?」と尋ねた。

 裕美は「ううん」と首を振って、

「お父さんと・・」と応えた。

 そして、「懐かしいから、もう一回、見ようと思って、DVDを探しに行って、借りてきたんだよ」と続けた。

 俺と見ただって?

「裕美、どういうことだ? お父さんは、裕美と映画どころか、どこにも行ったことはないぞ!」

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