第21話 セクハラ③

「だったら、そんなに切れやすい白井さんは、どうして花田部長のセクハラ行為は、それほど激高して抵抗しないんだ?」

「これは、私がそう思うんじゃくて、他の女性社員が言ってたことなんだけど・・」

「何て言ってたんだ?」

 俺がそう訊ねると、藤田さんはこう言った。

「白井さん・・溜めているんじゃないか・・って」

「ためている?」

「ええ、怒りを溜めているのよ」

 物騒な話だな。

 要するに、白井さんが切れて何かをしでかす前に、花田課長を何とかしてくれ、そういう話だ。

「だから、中谷くん。お願い」

藤田さんは両手を合わせた。

 取り敢えず、俺は藤田さんに、「花田課長のことは、妻にそれとなく言ってみるよ」と応えた。セクハラの件は、女性の立場からだけでなく、男の俺も義憤に駆られる。 


 それにしても、あの大人しそうな白井さんが、怒ると何をするのか分からない・・か。

 そう言えば、芙美子は、俺とつき合っていた時、一度も怒ったことはなかったな。少なくとも俺の知っている限りではなかった。

 それとも、芙美子は俺の知らないところで、激情していたのだろうか? 芙美子の実生活のことまでわかならい。

 つまり、つき合っていると言っても、一緒にいる時間は、ほんの僅かな時間ということだ。芙美子が家で何をしていたのか、知る由もないし、俺以外の友達付き合いも聞いていない。

 俺が知っているのは、芙美子が行方不明になっても、俺の所に、彼女の所在を尋ねに誰も来なかったし、電話もなかったということだ。もちろん、警察もだ。


 俺は藤田さんとの話を終えると、再び自分のデスクに戻った。

 書類が山積みになっている。俺はボールペンと印鑑を取り出し、仕事モードに移った。


 作業の合間、噂の花田課長を改めて観察してみた。その顔、確かに好色そうな顔だし、女性に好かれる中年ではない。

 加えて、その目つきが怪しい。時折、書類から顔を上げては、女性社員の方をチラチラと見ている。しかもその視線。女性の胸元を見ているのが明らかに分かる。当の白井さんは席にはいないが、他の女性社員もセクハラ被害に遭っているのではないだろうか。


 花田課長・・俺のミスを責める時はネチネチと責め立て、あり余る精力で女の子を舐め回すように眺め、あわよくば女性と関係を持とうとする。

 女性の敵であるのと同時に、俺の敵だ。


 そう思った時、

 肩に何かが触れた気がした。

 次の瞬間、数本の長い髪が、はらはらと揺れながら視界を横切った。

 突然、視野に入ってきたので、驚きを隠せず、体をビクンとさせてしまった。

 髪の正体は、セクハラで噂の白井さんだった。

 手にしたトレイにコーヒーカップを載せている。

「係長・・驚かせちゃいました?」

 白井さんは笑顔で謝りながら、「どうぞ」と言って、デスクに淹れ立てのコーヒーを置いた。本日、二度目のサービスだ。

さっきの髪は、本当に白井さんの髪だったのか?

 

 俺は、白井さんの顔を見上げ、「何か、いつもとイメージが違うな」と言った。

すると、白井さんは長い髪を撫で、

「ごめんなさい。髪は、仕事中は結うようにしているんですけど・・」と説明した。

 そうだったのか。結っていたから、白井さんの髪が想像より長いことに気づかったのか。

 俺が「今のスタイルも中々いいよ」と褒めた。

 すると、白井さんは、「伸ばしていますから」と笑顔で応えた。

 そして、「中谷さんが言ったんですよ」と小さく言った。

「俺が?」

 俺が何を?

「課の親睦を兼ねたカラオケに、みんなで行った時のことですよ。係長が、『女性は、髪が長い方がいい』って、そう私に言ったんですよ」

「そ、そうだったかな・・」

「ええ、確かに・・そして、『君なら、長い髪が似合うよ』って・・」

 俺は答える言葉を失った。

 妻の言葉といい、白井さゆりといい、一体どういうことだ。

 俺は知らない間に、いろんな女性に「長い髪が好きだ」と言い触れ回っているというのか!

 そして、そう言った記憶も無くなっている。そういうことなのか。

 それが本当なら、異常なことだ。

 白井さんの後姿を見送っていると、その臀部をセクハラ課長の花田が見ているのが分かった。

 同時に、俺と白井さんが話しているのを見て、年甲斐もなく妬いているのも感じた。


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