第16話 髪②

「あなた、遅かったわね。食事だけだったんでしょう?」

 妻が出迎えた。

 妻の言う通り、遅い時間だ。こんなになるとは思わなかった。全て、さっきの出来事のせいだ。まだ近藤の顔と、芙美子だった女の顔が眼に焼き付いている。

「どうだったの? お友達、元気だった?」

 俺は、「ああ」とだけ応えた。最初は元気だった。

 ファミレスでの出来事を言おうか迷ったが、伏せておいた。心配をかけてもいけないし、もし話し出すと、芙美子のことを出さないといけないので気が引けた。

 それに、妻は芙美子の存在は知らない。

「久しぶりの再会だったんでしょう? 積もる話があったのね」

 妻はそう解釈した。

「ああ、近藤は、酒を飲まないから、飯を食った程度だが、確かに話は長くなったな」

 俺はリビングでミネラルウォーターを飲み、「裕美は二階で勉強か?」と訊いた。

「ええ・・」

 妻は応えたが、何か言いたげな顔だった。


「どうかしたか?」

 俺が訊くと、妻は手を丁寧に拭きながらリビングに座って、

「その話の前に・・あなた、ちょっと匂うわよ」と言った。

「におう?」

 まだ風呂には入っていないが、服も室内着に着替えているので、何も匂うはずがない。ファミレスも禁煙だったし、お酒の類も口にしていない。

「どんな匂いだ?」

 俺が訊くと、妻は「そう訊かれても」と言って、「うまく説明できない匂いよ」と続けた。

 そして、「敢えて言うなら・・亡くなったおじいちゃんの匂い」と言った。

「おいおい、俺はまだ、そんなに臭うような年齢じゃないぞ」

 おれが抗議すると、「だから、上手く言えないのよ」と言った。


「それより、話って、裕美のことか?」

 そう訊いてみると、やはり娘の裕美のことのようだ。

「裕美、なんだか元気がないから、それとなく訊いてみたのよ」と話を切り出した。

 俺は頷き、妻の話を促した。

「裕美、学校でいじめられているんだって」

「イジメ?」

 そんな話は初めて聞く。裕美は明るく活発な子で、今までそんな陰りなど見せたことはなかった。だが、それは俺が裕美をよく見ていなかったせいかもしれない。

「どんなイジメを受けているんだ? ひどいのか?」

「私も、具体的には聞かされてはいないんだけど、どうも、学校でだけじゃないみたいよ」

「学校以外でもイジメられているのか。放課後とか?」

「少し、聞いた話では、休みの日も呼び出されたりしてるんだって」

「休みの日? そういや、この前の日曜日、家に帰ってくるなり、顔も見せずに二階に上がっていったな」

「泣いている顔を見せたくなかったんじゃない? 裕美、あなたにはあまり、そういう顔は見せないもの」

 それはそうだろう。裕美は俺にそんな面を見せることはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る