第14話 女の顔②

 店長が俺に、「この血だらけの男、お客さんのお連れさんだろう? ちゃんと事件の証人になってくださいよ」と言った。

 近藤はシートに突っ伏し、「だ、誰か、救急車を!」と言った。

 その声に店長はぼーっと突っ立っているウェイトレスに、「君、救急車は呼んだのか!」と大きく言った。ウェイトレスは「救急車もすぐに来ます!」と応えた。

 更に店長は、頑強そうな男性店員に「君、この女が逃げないように見張っておいてくれ」と指示した。

 男性店員が、芙美子だった女が逃げ出さないように、ボックス席を封じた。

 女は、「そんなっ、私、まるで犯罪者扱いじゃないの」と抗議した。

 これが、さっきの女だろうか? 信じられない。その顔も違うし、雰囲気も違う。声まで異なっている。


「おおおっ・・」

 近藤はらふらと立ち上がり、「芙美子だ・・芙美子だ・・」とうわ言のように繰り返した。

 近藤の顔を見た女性客は「ひいっ!」と切れるような悲鳴を上げ、

「顔が潰れてるわ」と言った。

 近藤の顔は、横に数本の凹んだ跡・・女性にとっては、動かぬ証拠となる芙美子の指が残っていた。芙美子の細く長い指は、近藤の顔を刻んでいた。まるで裁断機のように。


「近藤、救急車が来るまで、座ってるんだ」

 俺が声をかけると、

「ちくしょうっ」と大きく言って「中谷っ、おまえのせいだ!」と俺のことを急に非難し始めた。

「近藤、お前は、混乱しているんだ!」

 近藤を制するように言うと、近藤は、

「お前のつき合ってた女じゃないかっ、せっ、責任をとれ!」とまで言い出した。

 近藤がわめき散らすと、口から血の塊が飛び出てきた。近藤は口の中をもごもごさせたかと思うと、激しく咳き込み、今度、口の中の何かが逆流したのか、喉を詰まらせたように、「んぐうっ」っと呻き、まるで息が出来ないのを誰かに助けてもらうように、手を伸ばしてきた。

 店長が近藤の様子を見て「こりゃ、ひどい」と言って、

「救急車はまだなのか!」と叫んだ。


 その様子を見ていた俺の耳元が急に冷たくなった。同時に声が聞こえた。

「いやな男・・」

 それは芙美子の声だった。近くには誰もいなかった。

 イヤな男・・それが俺のことなのか、近藤のことを指すのか分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る