第11話 握力①
◆握力(あくりょく)
「冗談で言っているんじゃない!」
俺は近藤を叱りつけるように言った。
ガラスコップをテーブルに叩きつけるように勢いよく置くと、テーブルが少し揺れた。
その時だった。
俺のシートの背もたれが、ガクンと揺れ、後ろの女性が立ち上がるのが分かった。
そして、俺たちのボックス席をスーッと横切っていく。
女は、濃紺のタイトなミニスカートだ。近藤の目がムチッと張った太股に吸い寄せられているのが分かった。
近藤は次に、女の顔を見ようと、目を上に走らせた。
女は通り過ぎる時、確かにこう言った。
「そうね、冗談じゃないわね」と。
女の香水の匂いが僅かに漂ってきたのと同時に、空気が冷たくなったように感じた。雨や雷のせいではない。凍りつくような寒さが体を襲った。
長い髪がふわりと揺れ、触れてもいないのに俺の頬にひたっと当たったように感じた。
この感触・・俺は覚えがある。
女は席を変えたみたいに、近藤の後ろの空席にストンと座った。
女が座るのと同時に、照明がパチパチと点滅をした。すぐに元に戻ったが、照明が暗くなった気がする。
薄暗い中、真向いの近藤の顔が硬直していた。
「近藤、どうした?」
俺はその次に「女は、お前のタイプだったか?」と冗談ぽく訊こうとしたが、近藤の次のセリフでそれを言うことはなかった。
近藤は、
「芙美子だ・・」そう言った。
今度は、俺の顔が固まる番だった。
近藤の目がカッと見開かれている。
そんな近藤の頭の両サイドに、女の二の腕がすーっと伸びてきた。
そして、
まるで、「いないいないバア~」をするように、
女は近藤の目を両手で塞いだ。
近藤の頭が、がちりと固定された。
ハンバーグを咀嚼していた近藤の口の動きが止まっている。呑み込むことすら忘れているようだ。
背後の女は忍び笑いをし、
「私、あれほど、中谷くんには言わないで、ってお願いしたのに・・」と言った。
本当に芙美子・・なのか?
女の手はそうとは思えないほど、いかつく見える。近藤が言っていたのはこういうことだったのか。手が大きい。そして、指が細く、長い。
近藤が口を開こうとすると、女の手の平は、更に大きく、ヒトデのようにがばっと開き、その口までも塞いだ。
「だあれだ?」
芙美子は子供に言うように言った。
近藤は頭を左右に振った。
「んっ、んっ」名前を言おうにも声が出せない。
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