第6話 洞窟①

◆洞窟


 芙美子との最後のデートの日。俺は、ある場所を選んだ。

 それは兵庫県の山の奥にある「呪いの洞窟」と言われる場所だ。

 呪い・・といっても、実際に呪いがあるとか、幽霊が出るとかではない。

 ただ、洞窟の中が迷路みたいになっていて、噂では、出れなくなった人がいるとの話がある。それだけの場所だった。

 ただそれだけのことで、幽霊を見たとか、足を踏み入れると出れなくなるとか、変な尾ひれがついてまわる。

 そんな気味の悪い場所でも、デートスポットになるらしい。俺たち以外にも、薄暗い洞窟の中に入っていくカップルが何人かいた。

 怖がる彼女に勇気のあるところを見せようとする男はいくらでもいるということだ。もしくは、この機会に彼女とのスキンシップを図りたい。そんなところだ。


 洞窟への道に「立ち入り禁止」の薄汚れた表示板がダラリと垂れ下がっている。看板を付けたきりメンテナンスをする者もいないのだろう。

 管理する人間もないのか、辺りは雑草が伸び放題だ。それにゴミも酷い。

 

 俺は、そんな場所を見て益々好都合だと思った。

 この洞窟の中に、芙美子とはぐれた振りをして、置いてきぼりにすれば、それが俺の別れの意思みたいなものだと、彼女の方で悟ってくれればいい。ひどい男だと俺を嫌ってくれれば、猶更いい。

 改まって別れ話を切り出すより簡単だ。言葉が不要だ。

 これは、ただの遊びだ。別れへの道標みたいなものだ。

 こんな考えに行き着いた俺は、かなり不器用な人間だったのかもしれない。女遊びを繰り返す近藤のような要領のいい男ではない。


 芙美子は俺に黙ってついてきた。

「中谷くんが行きたい所なら、私、どこにでもついていくわ」

 いつもそうだ。芙美子は俺に逆らったことなど一度もない。

「怖いから、手を繋いでいてね」芙美子はそう言った。

 芙美子の言う通り、最初は彼女の手を引いていた。

 俺の手が汗ばむ。

「中谷くん、すごい汗」と俺の後ろで芙美子は言った。

 汗は、これから俺がしようとすることの汗だ。俺の企みを芙美子に見透かされたような気がした。

 怖かった。

 芙美子が何かを言っているわけではない。何も言っていないのに、心の中を覗き込まれているように感じた。いつもそうだった。

 一刻も早く芙美子と別れたい。そして、別の新しい道を進む。俺の中で、益々そんな展望が膨らんでいった。

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