第5話 別れる理由②

「俺さあ、ほんの短い間だったけど、芙美子とつき合ったんだよ」近藤はいきなりそう言った。

「男女の関係か?」と俺は訊いた。

 近藤は「もちろんさ」と応えて、「けど、ただの遊びだったんだ。丁度、女と別れた直後だったからな」とにやっと笑った。

「芙美子は、近藤の誘いに乗ってきたのか?」

 近藤は遊び人だ。何人もの女が陰で泣いていると聞いたことがある。

「いや、そんなに簡単じゃなかった」

「近藤でもか」

 近藤は女を誘惑することに長けている、そう自分で豪語していた。学生時代、女をひっかけて失敗したことはない、100%成功している。そうも言っていた。

「だがな・・」

 近藤はイヤな物でも噛んだような顔をして、

「中谷の名前を出すと、すぐに誘いに乗ってきたんだ」

「俺の名前を?」

 芙美子が、俺の名を聞いて、近藤の誘いに乗った・・

 その言葉で、少しずつ、俺は芙美子のことを思い出してきた。


 学生時代、芙美子は、俺が何気なく見た女性の体型を気にして、痩せたり、太ったりを交互に繰り返していた。

 それは体型に限ったことではない。

 ある時は、派手な女の子が俺の好みだと勝手に思い込み、派手な衣装に身を包んだり、又は、その逆の時もあったりした。

 そんな繰り返しの中、どれが本当の芙美子の姿なのか、分からなくなっていった。

 それが、芙美子が記憶に残っていない原因なのかもしれない。


 次第に俺は、そんな芙美子を疎んじるようになっていた。

 つき合って、二年。それほど、長く関係が続いたのは、俺の好みに合わせて、変化する芙美子と一緒にいることが心地良かったのかもしれない。俺にとっては、男冥利だったのだろう。


 だが、そう思っていても、終わりは迎えるものだ。

どうして、俺が芙美子と別れようと思うようになったのか?

それは、俺の只の一方的な都合だった。

 当時、俺は、大学のゼミの大学教授の進める縁談話に乗りかけていた。

 相手は、一流企業の重役のお嬢さんだ。

 俺は、人生の成功コースを歩み始めていた。もちろん、芙美子には黙っていた。

 紹介された女性は魅力的だった。

 芙美子と同じように、髪が長かったが、雰囲気は全く違った。明るい女性だ。

 俺の中に、未来に向かっての光が差したようだった。


 そんな昇りしかないエスカレーターの中では、芙美子はただの邪魔者でしかなかった。

 だが、別れ話をするような機会は中々訪れなかった。

 その理由・・芙美子がそうさせなかったのだ、

 少しでも、そんな話の素振りを見せると、芙美子が他の方向に話題をそらす。

 中々切り出せない。我ながら男らしくないと思った。元々、何かの決め事を人に話すのは苦手な方だった。


 だったら、会わなければいい・・そう思う。

 だが、そうもさせてはくれなかった。

 芙美子はどんな時にでも会いに来る。怖いくらいに会いに来る。

 俺が病気で寝込んでも、間借りしていたアパートに押しかけて来ては看病する。大学でも、大学でも授業が終わるまで待っている。

 そんな日々の中、歳月は、あっという間に過ぎ去っていった。

 

 そんな俺の中で、一つの考えが浮かんだ。

 小さな考えは、日を追う度に、大きくなっていった。

 芙美子が邪魔だ・・消えてくれればいい、と。


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