第23話 白

 先輩の頭に旧校舎を体として結び付け、永続的な生命というかより強固な不死性を与えた術法。

 旧校舎の大部分が取り壊され、そのあとに新校舎が建てられた今もそれは効力を失わずに持続されている。


 その術法の構造に合致する、効果範囲内のものは知らずとなにがしかの影響を受けるのだろう。そうして、先輩の「結界」では容易に縛れない種類の、怪異として存在し始める。


(もしかして、僕たち人間も……?)


 気になって尋ねてみたが、先輩は少し眉をしかめて顎の先端を可能な限り左右に振った。


「それはないよ。生きた人間はその時点で完成し充足しているから、この術には影響を受けない」


 先輩はそれ以上語らず口をつぐんだが、とりあえずはホッとした。だが、そうすると。先輩自身は「生きて」いないか、あるいは「完成し充足し」てはいない、ということなのだろうか。



 かりそめの命を得たヒトデサンタのオーナメントたちは、そんなに遠くへ飛ばされたわけではなく、その日のうちにあらかた回収された。

 生徒たちを驚かせはしたが、特に危害を受けた者もいなかった様子。とはいえ、目撃した側にしてみれば気持ちのいい話でないのは当然の事。


 集められたヒトデサンタたちは元の袋に戻されることなく、焼却廃棄の処分となったのであった。

 

 * * * 


 二学期の終業式は古式にのっとってクリスマスイブ、十二月の二四日に行われる。去年に続いて今年も、僕たちはほとんど上の空で学園長先生の訓話を聞き流すと、チャイムと共に教室を飛び出した。


 ある者は自宅へ帰り、ある者は街に繰り出し。講堂では吹奏楽部の有志がクリスマスソングをメドレーで演奏している。ヒトデサンタが出たときにちょうど、旧音楽室で練習していた曲だ。


「何だっけ、この曲」


 誰に言うともなく口に出すと、偶然横を歩いていた正岡シキが教えてくれた


「Sleigh Rideでしょ? 邦題は『そりすべり』」


「……ありがとう」


 そんなタイトルだったか。昔一度、誰かに教えてもらっていたような気もする。ともあれ、これで一つ僕の世界が豊かになった。


 僕は実家が遠隔地なので寮暮らし、部屋に帰ったところで特に何かあるわけではない。いつもと同様に旧校舎へ向かい、似たような境遇の文化系部活の面々と共に、自分たちで飾り付けたツリーを囲んだ。


 文化部連絡会が「小文化祭」の褒賞金用に随時のカンパを積み立てている基金から、小さなボトルのシャンパンもどき清涼飲料を購入し、家政研究部(実質的には調理部)が焼いた小さなカップケーキと共に配られる。

 先輩はどこに行ったのか、と周囲に目を走らせると、彼女はツリーの中ほどで、枝に髪を巻き付け、雪を模したテトロン綿の上に収まって僕たちを見下ろしていた。


「何やってるんですか」


「や。こう、なんだかこのキラキラした小物の中に混ざりたくなってな……」


 なんだか童女のような可愛らしいことを言っている。まあほんの少しだけ気持は分かる。美しいもの、憧れるものには近づきたい。同じになりたい。


「ああ、袴田君。二つほど頼みがあるのだが、聞いてもらえまいか」


「なんなりと?」


「シャンパンもどきとケーキ、私の分も確保してほしい。あと、どうも冷えてきそうなのでね、例の猫の親子を今夜は校舎に入れてやりたいのだ」


 何だ、そんなことか。ひとつめの願いは、別に僕が動かなくても叶うだろう。そら、もう何人かの女子生徒が、ケーキのみならず、何か自分たちで持参した和洋種々のお菓子を手に、ツリーに近づいてきている。


 ――数多先輩ー。おひとつどうですか?


 ほらね。先輩は文芸部の外でも人気があるのだ。


 僕は先輩を彼女たちに任せて、正岡シキと一緒に例の生物室の勝手口に向かった。ドアを開けてポーチの上に出ると、少し大きくなって目も開いた仔猫たちが、にうにうと鳴きながら足元に擦りついてきた。正岡シキが窒息しかけたような歓声と悲鳴の入り混じった声を上げる。


 と、何かきらりと光る白いものが視界をかすめて舞い落ちた。足元に降りたそれはすぐに溶けて濡れたシミをコンクリートの上に残したばかりだったが、はっと気づいて空を見上げると――そこには垂れこめた雲から微風に乗ってやってくる、無数の羽毛のような牡丹雪が漂っていた。


「先輩の天気予報、むちゃくちゃ当たるな……」


「すごいよね。それに何でも詳しいし……来年の新入生勧誘は、その路線で行こうか」


「はぁ。それって、どういうんだ?」


「先輩と誰か……まあ、袴田君かな? コンビで壇上に上がって、色々文学史なんかのトリビアみたいなやつを解説してもらうの。昔の教養番組みたいなやつには結構出てたんだってさ、生首」


「うーん、漫才とかならわかるけどさあ」


 難色を強く示しつつ、猫たちを抱き上げて廊下へ戻る。中の一匹がどういう遺伝なのか雪のように真っ白な毛並みで、親近感でも沸いたのか正岡シキが殊更に執着して可愛がっていたのが妙におかしかった。

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