第21話 飾り

 ――袴田先輩ー。このモール、どうやって取り付けるんですかねぇー?


 歳月に黒ずんだ柱を見上げた中島君が、メタリックグリーンと銀のだんだら模様になった大型の飾りモールを抱えて途方に暮れた声を上げた。


「あー……目線から三十センチ上ぐらいに、ヒートンねじ込んでなかった? 真鍮製で口が開いたやつ」


 去年、飾りつけ中に見たときはそうだった。ただ、片づけの時は別の作業に廻されていて、その後の状況を把握できていない。


 ――あー。なんか、無理やり引き抜いたみたいな穴が。木材がむしり取ったみたいになってる。


「くそがァ! 誰だよ去年片づけやったの!」


 思わず悪態をついた。


「……ちょっと待て、僕が行く!」


 脚立の数はまるで足りてないし、中島君はちょっと小柄で本来こういう作業に駆り出すには向いてない。僕もそんなに高い方ではないが、身長百七十センチあればいくらかやりやすいだろう。


 * * * 


 「弧漫堂」でコーヒーをご馳走になってからいくらかの日時が過ぎた。クリスマスを数日後に控えた旧校舎では今、文化部連絡会によって玄関ホールの飾り付けが進められている。

 どこにしまわれていたのか高さ三メートルほど、ホールの天井につっかえんばかりのプラスチック製ツリーがホールの中央からわずかにずらして据え付けられ、窓枠のすぐ上辺りの高さに飾りモールが掛け渡されていく様を見ていると、ああ、年末だなあという感じがする。


 僕は中島君のところまで行くと、彼と交代した。乱暴にもぎ取られたヒートンのねじ込み痕に石膏プラスターボード用のプラ製ネジ受けを押し込み、改めてそこに新しい金具とモールを取り付けた。よし、いい具合。


「ツリーの方はどうかな……?」


 ホールの中央へ向けて軽く首をひねる。どっしりした体型の女子生徒が二人で脚立を支え、小柄で身軽そうなショートヘアーの子がビビり上がった悲鳴を漏らしながら、下から投げ上げられるオーナメントをキャッチしてはツリーにとりつけていた。確かあの子らは、美術部だったっけか。


 リボンを掛けられた小さなギフトボックス(もちろん中身は空っぽ)に、金色をしたベツレヘムの星。見た目だけはヒイラギ風のリースには鳴らないベルが括り付けられ、楽園エデンのリンゴを象徴するらしいキャンディレッドのボールが、ツリーの枝先で揺れている。


 音楽室からピアノと小編成の管楽器による合奏が、遠慮がちな音量で流れてきた。あー何だっけ、この曲名。年末になると大きなスーパーやショッピングモールなんかでほとんどエンドレスに放送されてる、跳ねた感じのリズムでえらくノリのいいやつ。


 そのリズムに合わせたように、何か小さなものが視界の隅で跳ね、踊った。


(何だあれ……!?)


 ぎょっとしてそちらへ思いっきり頭を廻す。首筋からメキッとかなんとかヤバ目の音が響いて慌てたがどうやら大事ない様子。それよりも――

 踊っていたものにはっきりとピントが合い、脳がそれを言語的に認識した瞬間、僕は悲鳴を上げそうになった。


 クリスマスオーナメントの中にだいぶ昔から存在する、一種異様なセンスを感じさせるアレ。赤い星型の中央に白ヒゲをたくわえた顔が付き、ヒトデで言えば触腕の一つが上を向いて、赤いとんがり帽子のように装飾されたもの。


 サンタクロースと強弁するにはあまりにも奇怪な、その小さな人形が数体、美術部員が呆然と胸の前で抱えたオーナメントの袋から這い出して、踊りながら校舎の西側にある階段スペースの方へと駆け去っていくのだ。

 やや遅れて数人の女子生徒が、それに気づいてカエルでも投げつけられたような嫌悪の叫びをあげた。


 こうなるともう、飾りつけどころではなくなった。瞬く間に連絡会に情報が廻り、携帯端末に対処要請が着信する。

 「小文化祭」だ。あのヒトデサンタの群にどの程度の実害があるかは不明だが、まあ先輩がいる限り大したものではないはずだ。小さいから行先もしばらく特定できないかも知れないし――


「おーい、中島君」


 ――何です? 


 ESS部の女子に混ざって、子供用の赤い短靴下に何か詰めこんでいた中島君だったが、少し途方に暮れた様子で顔を上げる。


「僕はいったん部室に戻るから、適当にやっててくれ。あと夏目君が来たら、部誌出来上がったって伝えてくれな」


 分かりました、とため息交じりの返事を背中で聞きながら、僕は部室へ足を向けた。


 アンプ内蔵ギターやショルダーキーボードを抱えた軽音楽同好会の部員数名とすれ違う。

 高浜キョシ正岡シキは何か用事があるのか、まだ旧校舎に現れない。あの二人の俳句がないと、文芸部は小文化祭にはあまり貢献できないだろうし、先ほどから僕の頭をよぎる奇妙な疑問というか懸念を解くためには、部室に行くべきだった。


 「セーラー痩男」が書いたコラム原稿に記された、大の字の形をしていたという旧校舎の来歴。生首に能面、肖像画――「体」を持たない頭部だけの怪異が集まるという偶然とも思えない符合。そして、今回のヒトデサンタ。

 多分、何か根本的な原因というか、すべてに共通するカラクリがあるのではないか。そしてそのカギを握るのは、やはり。


 他でもない、旧校舎に巣食って永きを生きる自称「ろくろ首」。我が文芸部の生首先輩「化野数多あだしのあまた」であるはずだ――

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