第13話 流行

 この頃都に流行るもの 夜討ち 強盗 偽綸旨にせりんじ

 

 召人めしうど 早馬 虚騒動そらさわぎ

 

 生頸なまくび 還俗 自由出家まましゅっけ――

 


 走るバスの中。先輩が奇妙な節をつけて、どこかで聞き覚えのある文句を口ずさんだ。確かこれは、日本史で習ったやつのような――

 

「あ、『二条河原の落書』ですよね、それ」


 正岡シキが耳ざとく聞きつけて、前の座席の背もたれ越しに、こちらに乗り出してきた。


 二条河原の落書とは、後醍醐天皇が鎌倉幕府を打倒して即位した建武中興の時期――その建武元年に成立したとされる、世相風刺をつづった匿名のなんというか、その。

 現代的な言い方をすればだ。人だかりのあるところを選んでわざと落としたり、掲示されたりしたものだという。

 

「うむ。アレに出てくる生頸なまくびというのは、私のような者どものことなのだ」


「……またそんなウソを」


 解釈はあれこれ分かれるらしいが、僕たちは日本史の教諭から「遊女、つまり売春婦の事です」と教わった。


「嘘じゃないぞ。私はあの時代に生まれた者だからな」


 先輩がこうも、自分を遠い昔から存在するものだと主張したがる、その気持ちはよく分からない。何だろう、妖怪の世界にも年功序列とかあるのだろうか? 人間相手にそこを誇示してもしょうがないと思うのだが。



 そうこうするうちに芦ノ湖が見えて来る。実をいうと、かの湖にはちょっと期待していた所があった。。

 家に残っていた祖父のアルバムに芦ノ湖の観光船、いわゆる「海賊船」の写真があったので、その印象が強く頭に刻まれていたのだ。だが、いざ湖に近づいてみると、湖畔にあった観光施設はいつごろなのか何らかの風水害らしき破壊を被った様子で、人っ気のない建物や桟橋が、災害の爪痕を歳月の中にさらしていた。

 

「ありゃあ……ないのか、海賊船」


 往時は帆船をとされるスクリュー推進の船が、常時三隻ばかり就航して、ごく短時間の遊覧航行を提供していたという。定期的に新型が導入されて、老朽化の進んだものと入れ替える、という布陣だったとか。だが今、湖に見えるのは辛うじてその一隻の、朽ちかけて半没した残骸だけだ。実に残念だった。

 

 そもそも、バスが止まらない。ここはまだ熱海から数キロ来ただけの地点で、休憩するにはまるで早いのだ。

 僕たちはそのまま旧東海道へ入り、両脇を木立に挟まれたグネグネと蛇行する細い道を進んだ。


 件のお玉が池のそばを通りかかる。いつ頃からあるものか分からないがちょっとした駐車スペースと自販機のある、無人のサービスエリアといったていの物があるようだったが――またしても運転手がブレーキを踏んだ。

 

(今度は、何だろう?) 

 

「すみません、発生です……これじゃ迂闊に進めない」


 車内に緊張が走った。どうやら、前方に何らかの障害があるらしい。怪異の類であれば専門機関に連絡を取るべきだが、現在はビーチライン方面にも状況が発生しているわけだし、こちらまで手が回るのかどうか。

 

 ――ねぇ……あれって。

  

 前方の席に座っていた女子がその何かを認識し、悲鳴――はあげなかった。

 

 ――生首、みたいね。

 

 反応が薄い。それはそうだろう、生首くらいみんな見慣れているんだから。僕も部員たちをかき分けて通路を移動し、フロントウィンドウ越しに前方を窺った。

 そこにそいつがいた。生首。確かに生首だ。

 ただし通常の人間の頭部よりも、何倍も大きい。ちょうど一昨日の夜に夢で見た、「坂道を転げ上がる先輩の生首」に匹敵する大きさだ。

 

(建武年間じゃあるまいし、生首が流行りってわけじゃないよな……)


 そんなことを考えながら目の前の巨大生首を観察する。時代劇の町娘が結っているような、簡素な形に髪を結ってある。確か、国語資料集の図版では「丸髷」とか書いてあった奴だ。髷のある後頭部には、かんざしらしいものが一本。

 

 まさか本当に、江戸時代に関所破りで処刑された女性の首とかなのだろうか。

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