第5話 旅
「さて、恒例の文芸部小旅行についてだが――」
珍しく部室を訪れた、顧問の
「恒例? でも去年はそんな話なかったですよね?」
僕は首を傾げた。
「なかったというか、しなかったな。僕が」
先生が訳知り顔でうなずく。
まあ理由には心当たりがなくもない。たぶんメンバー構成のせいだろうか。
昨年の部員といえば、三年の男女一人づつと、一年の僕と高浜、正岡。それに同じく一年の、ほぼ幽霊部員の夏目くん。
それに永世(生首)部員の化野先輩という総勢七人だったが、流石に三年生はこの季節となると受験や就職の準備で部活どころではない。
それでも五人も人数があればこのご時世、部の存続が危なくなるというようなこともないはずなのだが――
「メインになる二年がいなかったのもあるんだが、実は受け入れ先の旅館が、君たちの入学直前にダメになってしまったんだ。いわゆるその、異常がらみの事案でね」
「あー」
それはまあ仕方のないことかもしれない。人的被害がなければ再建も可能だし補助金の類も出るのだが、それにしたって諸々の手続きを片づけて再び事業を再開するには、それなりに時間がかかるのだ。
その手の案件、被災からの復興については、僕らにもあれこれと経験はある。
「で、その旅館から営業を再開しましたと連絡があったのが、ちょうど先週の事だった。今年は君たちもいるし、問題なく実施できるだろう」
「ってことは、つまり……」
高浜が期待に目を輝かせながら先生を見上げた。
「うん。二泊三日で熱海行きだ、明治以来の文豪たちにまつわる名所旧跡なんかを観て回る。学校から予算が取れてるから旅費は心配無用ってことだ」
――やったあ!!
「すっごい楽しみ! せっかくだし、夏目にも声かけとこか!」
「そうね。こんな美少女二人ほったらかして、掛け持ちの
夏目くん、与り知らぬところで妙な敵意を向けられているがなんとも気の毒な――まあ入学以来の行きがかりで、妙な具合に二人に挟まれている彼については、似たような立場として苦労が察せられるところもあり。それはそうとして――
机の上の定位置に鎮座し、いつものように折りたたまれたセーラー服の上にいる化野先輩を窺った。彼女も行くのだろうか。というか、行けるのだろうか?
「あ、袴田。たぶんそこにいるんだろ、化野先輩……いや、化野が」
梧桐先生は実際の先輩の位置よりややずれたあたりに視線を彷徨わせた。
(え、『先輩』って言った……?)
「いますけど……先生?」
「ああ、梧桐先生は十五年前にここの部員だったのだよ。だから私のことは知っている……もう生徒ではないから私のことは認識できないようになっているが、あの頃はお互いに本気で、言いたいことを言い合っていたものだ」
「化野。二年ぶりだが、もちろん来るよな……?」
微妙に視線の方向が合わないまま、後藤先生は探るように先輩に呼び掛けた。
「まったく。私たちの道はとっくに分かれているというのに未練がましい奴め。もちろん行くとも。その間の旧校舎の守りは……ベートーベンにで頼んでおくか」
(べーとーべん?)
先輩の挙げた名前の意味はよく分からなかったが、ふと音楽室の壁に掛けられた、楽聖の肖像画を思い起こした。
「あ、先生。化野先輩も行くそうです」
「よし。僕には彼女のことは見えないんで、君らがしっかりエスコートしてやってくれ。置き忘れたり落っことしたりされると困るからな」
「任せてください!」
僕と
* * *
その後、先生が部室を去った後で先輩に聞いた話では――
梧桐先生は十五年前の文芸部長で歴代の部員の中でも特に、先輩に気に入られていたらしい。とはいえ所詮は生きる時間が違う、人間と「自称ろくろ首」。結局先生が卒業して二人の関係はそこで終ったのだが。
青春の思い出を忘れ難かったのか、それともただの偶然か。先生は大文字学園の教職員として戻って来て、今も文芸部の顧問を務めている。
それにしても、先輩が学園を離れることができる、というのは意外だった。てっきり一般的なろくろ首と同様、自分の体からはあまり長い時間、遠く離れることはできないのだろうと思っていたが――いや、そもそも体がどこにあるのかそれすらも僕たちには分からないのだった。
旅行の予定は十一月末、そろそろ霜の降りだす頃になる。学年そろっての修学旅行とかがないうちの学園では、各部活ごとにこういう、活動内容に沿った校外への旅行や遠征をおこなうのが常だと、僕は今回初めて知った。
どんな旅行になるだろう? 旅先で起こるであろう非日常的なイベントを予感して、僕はにわかに心が浮き立つのを感じていた。
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