第3話 だんまり

〈三階でが発生した。手が空いてる奴はなんか頼む〉


 そんなメッセージが僕らの携帯する通信端末に飛び込んできたのは、先のお茶会から二日ほど過ぎた、昼休みの事だった。

 「文化部連絡会」が使っている、連絡網アプリからの通知だ。

 

「あー、来たわねえ。四日ぶりかな、これ」


 旧校舎への渡り廊下でちょうど顔を合わせた、高浜青葉キョシが画面を見ながら苦笑いした。

 

「ま、旧校舎に出るやつだしいつもの様式プロトコルで祓えるでしょ。出来れば四季シキを待ってからいきたいけど、あの子は別件で手が離せないはずだからさ、今日のこの時間だと」


「あー。そこは残念だけど、んじゃまぁ行きますか」


「うんうん、決定打とどめ打てれば報奨金だからね」


「……今まで取れたためし、ないですけどね」


「まあしゃあないよ、文芸あたしらじゃそれほどのインパクトないしさ。とにかく、貢献点ちょっとでも稼いどこう!」



 さて、この成り行きというのは何ごとかといえば――平たく言えば、「怪異」である。こうやって文化部に廻って来るケースは、概ね文化部の部室が点在する旧校舎のどこかにお化けが出た、ということ。

 そうしょっちゅうある事ではないが、今のこの世界においてはそれほど珍しい事でもない、という感じのイベントといえる。

 

 空震大戦の遺した影響の一つとして、この世界の「現実ありえる」と、「非現実ありえない」の境界、区分の脆弱化、がある。

 なにせ(一般に受け入れられた解釈として)敵対者の軍勢というのはいわゆる異世界――幽世かくりよとか妖精郷とか、異次元、あるいは魔界と呼んでもいいが、とにかくそういう位相のズレた世界から現れたということになっている。

 

 その「越界」によって、僕らが住んでいるこの世界には無数のヒビや虫食い穴が残ったものらしく。

 ちょっとしたきっかけ次第で、そこら中におかしなものが出現してしまうらしいのだ。やたらにいろんな動物のパーツをつなぎ合わせたような奇怪な動物とか、カボチャの形をした鬼火とか、他にもいろいろだ。

 

 

 本棟から旧校舎へ移動し、ついでにちょっと部室に寄る。化野先輩は例によって、畳まれたセーラー服の上でくつろいでいるようだった。眼を閉じて少し生首を傾けているが、これはどうやら寝ているのか――

 

 とみるうちに先輩の切れ長のまぶたが見開かれ、僕たちをみとめて二回瞬いた。

 

「袴田君か。ああ、それに高浜さんもいるな。まだ昼のようだが……なるほど、小文化祭あれか」


「ええ、お客さんあれです」


「……うむ。まあ頑張っておいで。私がいる以上、旧校舎に大したのは出られないからな」

 

 先輩はつまらなそうにそういうと、再び目を閉じて黙り込んだ。

 

 そう。旧校舎で出るやつは概ね、単に居座って邪魔だとか、見た目が不穏だとかそのくらいの害しかない。退散させる方法は、文化部員がそれぞれ、普段の活動でやっているようなパフォーマンスあるいは作品を示して、感銘を与えることだ。

 

 なので、文化部連絡会ではこの旧校舎に出現する怪異と、それに対する定例オペレーションを「小文化祭」と呼んでいる。文化部員の芸で感銘ダメージを蓄積させて、というかある意味満足させてお帰り頂く、というわけ。

 

 旧校舎以外だと、出現頻度が低い分そう簡単にはいかない。

 

 僕が入学して以来遭遇した中で一番エグかったのは、手足が三本づつ生えた半裸美女(身長約五メートル)の化け物だ。その時は本棟のトイレで襲われかけて、危うくへ連れていかれそうになった。

 なまじ化野先輩を知っていたおかげで、かえって逃走の判断が遅れて窮地に陥ったという部分もある。だがその時は幸いにして、先輩その人が滅多にないほど本気を出して助けてくれた。

 

 本人曰く「ものすごく疲れた」そうだ。


 あれ以来、先輩はそれまでにも増して自分で動こうとしなくなった。といっても、別に「補充出来ない」タイプの力とかを使い果たした、というのではないらしいが。

 どうも僕がその件を恩に着て、あれこれ尽くすのを見透かしている節もあるが――その辺は先輩、なぜかはっきりとした態度や言葉を示してくれないのだ。

 

 まあ、可愛いので許すけど――

 

  * * *

 

 三階の手洗い場に出た水着姿のタヌキは、軽音楽同好会によるヘヴィメタル楽曲の、ギターソロにとどめを刺されて姿を消した。

 なお高浜青葉キョシの俳句は不発に終わった。

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