第117話「役者はそろった」


 相手の隙をつき、完璧な体勢から全力の攻撃を見舞った。

 だが。



「ふんっ」



 何事のないかのように振りかえって裏拳を打ち込んできた。

 機動力に優れた『兎』ゆえに回避は出来たが、無理な体勢だったゆえにゴロゴロと転がる。

 すぐに体をはねさせて起き上がる。

 ゴレイムは、何事もなかったかのように走ってくる。



「効いてないっ」



 いや、効いてはいる。

 首筋の装甲に罅が入っていた。

 ダメージは入っている。

 だが、頑健すぎるゆえに、その影響が微小なのだ。



「まずいですわね」



 相性があまりにも悪い。

 これがローグやガンドックであれば、遠距離の殻の爆撃や魔法攻撃で削り切れたかもしれない。

 アインスであれば、中距離からの物量に任せて崩すことが出来たのかもしれない。

 だが、ヴェーセルにはどちらもない。

 近接戦闘に特化しているヒールにとっては、このようにひたすらに硬く強い相手が最もやりづらい相手と言える。



「でも、援軍も期待できませんものね」



 ローグは王都にいるし、ガンドックは今頃戦闘不能になっているはず。

 そしてアインスは……多分期待できない。

 ガンドックやヴェーセルとの戦いで相当消耗しているというのもあるが、一番問題なのはむしろ彼女の精神面だ。



「ふむ、こういうのは効きませんか」



 シャコゴレイムは、時折シャーレの貌で、言葉でしゃべってくる。

 それでこちらの動揺を誘う作戦なのだろう。

 実際のところ、ヴェーセルはそれで動じたりはしない。(そもそも、そんな小細工をしなくてもヴェーセル側が形勢不利というのもある)



 だがしかし、アインスにとってはそうではないはずだ。

 あの人間から少し外れていて、それでいて人間以上に心優しいアインスが、シャーレの顔を殴れるとは思えない。

 きっとそれくらい、彼女にとってシャーレという存在は大きくなっているはずだから。

 そもそも、ここまで連れてきたのもアインスを動揺させないためだ。



「はあっ!」



 間合いの上では不利なのはわかっていて、それでもなおヴェーセルは近接戦を挑む。

 速度で勝る『兎』でステップを踏みながら相手をかく乱し、蹴りを相手の視界の外から叩き込む。

 じわじわとシャコゴレイムの甲殻にひび割れが走っていく。

 徐々にダメージが、ゴレイムの肉体には蓄積していく。

 しかし、いまだ戦況はシャコゴレイムが有利。

 相手は一発でもパンチを当てればそれで終わりなのに対して、ヴェーセルは何十発と蹴りを打ち込んで削り切らなくてはならない。

 正直、距離を取りたいのだが、時間を空けてしまうと傷を修復されてしまうのでそれもできない。

 ゆえに、彼女は攻撃を続けるしかない。



「ふうんっ」

「っ!」

(もう、ある程度動きが読まれてきましたわね)



 速度で攪乱できても、こちらの狙いまでは隠しきれない。

 じょじょに、こちらの攻撃に対して、カウンターを狙う方向にシフトしている。

 これはまずいと、ヴェーセルがさらに攻撃の手を強めようとして。


「しいっ」



 シャコゴレイムは、右拳を地面にたたきつける。

 それにより、地面が砕け、砂埃と礫が飛散。

 ヴェーセルの方にも何割かが飛来する。



「っ!」



 甘かった。

 中距離に対しては、何の攻撃手段もないと思い込んでいた。

 そこらの土がぶつかっただけであり装甲が砕けるようなダメージはないが、パンチが作り出した空圧によって動きが鈍る。

 それを逃がすほど、相手は甘くない。



「ふんっ」

「がっ」



 接近してきたゴレイムの拳打を食らう。

 とっさに体をひねったことで直撃は避けたが、かすめたことでくるくるとヴェーセルの体は宙を舞って地面にぶつかった。

 同時に、衝撃に耐えきれず変身が解除される。



「く、あ」

「他愛ないですね」



 顔面をシャーレのそれに戻した状態で、歩み寄ってくる。

 シャコの甲殻に人の顔が張り付いているので、怪人体よりも恐ろしく、悍ましさすらあった。



「さて、お前を殺せば私は自由の身です。街に行き、たくさん食べるとしましょうかね」



 アインスが、シャーレの顔を持ったこのゴレイムに対して全力を出せるとは考えにくい。

 ガンドックは、そもそもまともに戦える状態とも思えない。



「さらばです」



 シャコゴレイムはヴェーセルの真上からたたきつけるように拳を振りかぶる。

 直撃すれば今度こそ死ぬ。

 そして、彼女が死ねばこいつを止める手段がなくなる。

 あらゆる意味で、ヴェーセルは詰んでいた。

 かに思えた・・・・・



「【ウォーターハンド】」

「ぬ?」



 水でできた巨大な腕が出現し、シャコゴレイムを拘束する。

 だが動きを止めていられたのは一瞬だった。



「ふんっ」



 シャコゴレイムは軽く腕を振って、数メートルもある巨大な腕を粉砕する。

 だが、一瞬で十分。



「大丈夫ですか?」

「ルーナ?」

「はい、あなたのルーナですよ」


 ルーナがその身体能力を以て一瞬でヴェーセルを抱えて距離を取っていた。



「面倒な……むっ」



 シャコゴレイムが近づこうとした瞬間頭部に弾丸が命中する。

 ダメージは軽微だが、目を集中して撃たれているために動きが鈍る。



「……小癪な」



 シャコゴレイムには見えていない。

 隻眼のメイドが――アルが銃器で牽制しているなど、わかるはずもない。



「どうして、ここに、早く」



 早く逃げろ、と言いかけたヴェーセルの口を指一本立ててルーナがふさぐ。



「ヴェーセル様、今の私達には力があります。ゴレイムを殺すまでには至らずとも、貴方の助けになる力が」

「…………」



 ヴェーセルは、彼女の言葉が事実であると理解する。

 彼女たちの能力とその銃器があれば、確かに勝利しうるのだと。

 ゆえに、彼女は起き上がる。

 悪あがきでもやけでもなく、勝てるのだと信じているから。



「わかりましたわ。前衛はワタクシがやります。サポートを頼みますわよ」

「「「はい!」」」

「来い、卑怯者ども。まとめて相手をしてやろう」

「ふっ、最高の褒め言葉ですわね」



 悪役への賛辞ともいえる言葉にヴェーセルは笑って、左手で肩を払って虚空に爪を立てる。



「変身っ!」

『Change――bind weed』



 紫の装甲を身にまとい。



「さあ、悪役劇場、全員で開幕ですわーっ!」



 ゴレイムに向かって、駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る