第116話「パンチャーとキッカー」


 ガンドックが、アインスによって真っ二つにされたそのころ。

 墓石の前では、戦いがようやく始まったところだった。

 

 

 ヴェーセルが

 シャーレの姿をしていたゴレイムの姿が、ゆっくりと伸びていく。

 子供から、成人男性程度の背丈になり。

 両腕は、それよりもさらに長くなる。



『Form change――punching chimpanzee』



 ヴェーセルは機動力重視の『兎』から『猿』へと装甲を切り替える。

 最も近接格闘戦に強い形態。

 距離を取られでもしない限り、一度たりとも負けることはなかった形態。

 左手を引き、右の拳を突き出す。

 左足に全体重をかけて、踏み込む。



「いいパンチだな。だが無意味だ」

「な、に」



 ヴェーセルの拳は、止められていた。

 ゴレイムの心臓と、ヴェーセルの拳。

 その間に、置かれていた・・・・・・ゴレイムの左拳によって防がれていた。

 彼女の全身を余すことなく使って放たれた乾坤一擲、あるいは拳魂・・一擲とでもいうべき一撃。

 それが、容易く止められたことは、ヴェーセルにとっても衝撃だった。



「私の方が、強いからな」

「ぐっ!」



 返す右拳がヴェーセルに飛んでくる。

 それを、左腕で防げたのは単なる偶然だった。

 たまたま左わきにあった左腕を、少しだけ動かした。

 それが左胸部を狙ったテレフォンパンチの防ぐ盾となっただけ。



「がっ」



 直後、ヴェーセルの体は、後方へ吹き飛んだ。

 ただ腕の力だけで放ったジャブが、パワーと耐久力に特化した『猿』を吹き飛ばしたのだ。

 加えて盾にした左手の装甲はひび割れている。

 『猿』のパワーも防御力も、通用していないということだ。



「それが、アナタの能力ですか……アインスから聞いた話以上ですわね」

「そうだろう、単なる殴り合いであれば私は負けない」



 その姿を端的に言えば、人型のシャコ・・・・・・

 顔つきはエビなどの甲殻類を歪めて人の形に変えたような醜怪な様相であり、身体が人型が甲殻をまとっており、堅牢であることがうかがい知れる。

 だが、最大の特徴は腕部だった。

 腕――肩から先だけが異様に発達している。

 チンパンジーやゴリラを連想させるほどの長さ。

 さらに、手の部分はボクシンググローブを連想させるように膨らんでおり、もはや鈍器に近い。

 ヴェーセルは、アインスの言葉を思い返していた。



 ◇



「以前、シャーレを襲っていたゴレイムの能力は――パンチが異常に強くなる・・・・・・・・・・・、というものだ」

「それ……能力なんですの?」



 今まで戦ってきたゴレイムは、各々が特殊能力を有していた。

 目からレーザーを放ったり、触れたものを爆発物に変化させたり、海水に含まれる塩分を抽出して操作したり。

 それに比べると、ただパンチが強いだけというのは、いささか地味な気がした。



「甘く見ない方がいい。正直、撤退してくれたからよかったものの、死ぬまで殺し合うということになれば我が先に倒れていた可能性もある。いや、むしろそちらの可能性の方が高い」

「それほど、ですか」



 ヴェーセルは改めて、敵の強さを認識し、身震いした。



「そのゴレイムの見た目は、どんな風でしたか?」

「エビのような見た目だったな。エビか、ザリガニか、あるいは」

「能力も踏まえて考えると、シャコの可能性が高いですわね」



 シャコという生き物は、水中界最強のパンチャーである。

 水中で殴っただけで、水が蒸発するとかそういう話を前世でのドキュメンタリーで見たことがあった。



「ともかく単純な殴り合いでは、少なくとも我では勝てん。もしかするとヴェーセルならば勝てるかもしれんが」

「ふむ……」



 アインスは、その実近接戦に秀でているわけではない。

 むしろ、ゴレイムや武装を活かした中距離戦に秀でているという印象が強い。

 であれば、近接戦であればヴェーセルなら打ち勝てるかもしれない。



 ◇



「と思っていたのですけれどね……」

『Form change――Rooster booster』



 ヴェーセルは、装甲を切り替える。

 『鳥』は燃費が非常に悪いが強力であり、何よりも中距離戦に秀でている。

 しかし、それは殴り合いを放棄したということでもあった。

 というより『猿』の装甲が半壊したのでそうせざるを得なかったというわけである。

 『鳥』の翼が展開され、ミサイルとして射出される。

 何十本という数の翼剣は、二本しかないはずの腕では防げない。



「ふんっ」



 だが、相手はその予想を超えていく。

 ミサイルを両腕を振るってはたき落す。

 どうしても弾けないものは、甲殻で受ける。

 剣は次々と突き刺さるものの、表層でとどまっており、内部までは届かない。



「イクシードスキルは……切れませんわね」



 ほとんど刃が通っていない相手に対して、『Cyclone slash』が通じるか怪しいこと。

 付け加えるなら、行使できるかもわからない。



「操作、できませんか」



 ヴェーセルは叩き落された羽を操ろうとして、それができないことに気付く。

 距離ではないし、彼女のエネルギー切れでもない。

 羽が、叩き割られている。

 思えば、『猿』の手甲も一撃で砕かれていた。



 固い甲殻、純粋な格闘能力。

 なるほど、これは厄介だ。

 というか、アインスが撤退に追い込んだのもわかる。

 堅牢すぎて、撤退させることしかできなかったのだろう。

 マグロゴレイムにしてもそうだ。塩で動きを封じることはできても、やつには倒しきることはできなかったはずだ。

 もっとも、シャコゴレイムにしても、有効射程が短いのでこちらを倒すことができずにいるのだろうが。

 ヴェーセルは、ブースターを吹かして接近する。

 翼が通じないのであれば、ヴェーセル自身が攻撃をすればいい。



 だが、近接戦は相手の領分。

 まともに突っ込めば、カウンターパンチを食らい、粉砕されるだろう。

 ――まともに突っ込めば。



「っ!目が……」

「隙が出来ましたわね!」



 ヴェーセルはブースターを吹かすと同時に翼のうち一枚を操作。

 ゴレイムの視界をふさいだ。

 そしてシャコゴレイムのすぐ手前で静止、方向転換して背後に回り込み。



『Form change――Rabbit rapid』



 装甲を切り替え、ゴレイムの首筋にハイキックを打ち込んだ。

 びしり、と硬いものに罅が入る音がした。

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