第115話「人間同士の戦い」


『バッテリー残量、残り十パーセントです』

『Form Ⅰ――拳銃magnum



 戦車を捨てて、拳銃を構える。



「当たらない!」



 アインスは、バイクを操作して蛇行しつつガンドックへと迫っていく。

 土から作り出した大鎌を手にして。

 当たれば倒せる。

 否。

 当てて、倒す。

 そう考えて、アインスは右手を握りしめた。



「“銃槍”――発射」

『Fire』



 銃弾が、発射される。

 だが、問題はない。

 なぜなら、ガンドックが今使っている形態――『拳銃』は、単発式だ。

 ゆえに、相手の構えや手の動きから弾道を予測することが可能であり、避けることはそこまで難しくもない。

 ゆえに、余裕をもってアインスが銃弾を躱した。



「起動」



 しかし攻撃は・・・躱せなかった。

 銃弾が破裂し、雷の網が展開。



「なっ」



 雷光がアインスを覆い、焼き焦がした。

 それを為したのは、もちろんガンドック。

 そして、もう一人。

 この場には、オデュッセイアにはいない最後の仮面騎兵だった。



 ◇



 “銃槍”。

 その実態は、ガンドックとローグもとい、オリバロッソとローゼイドの合わせ技である。

 オリバロッソの特性は作成と貯蔵。

 ローゼイドの特性は魔法行使と放出。

 それらを組み合わせた、現在確認されている唯一の仮面騎兵が使える合技。

 ローゼイドの魔法を、オリバロッソが作成した弾丸に封じ込めるというもの。

 今回は、イクシードスキルを詰めてもらっている。

 そして、アインスが避けたところで解放。

 まあつまるところ。

 イクシードスキルが、アインスを直撃したわけである。


「ぐ、ご」



 魔法攻撃をまともに喰らって。

 それでもなおアインスは死んでいなかった。



「とっさにイクシードスキルを使って防御するたあ、大したもんじゃないの」 



 実際、アインスは強い。

 ゴレイムであることが理由なのか、あるいは彼女自身のセンスか。

 いずれにしても、状況はすこぶる悪い。



「まあでも、直撃したことには変わりねえ。俺の勝ちも、揺るがねえよ」



 ガンドックは、そういいながらじりじりと後退していく。

 圧倒的有利であっても、彼は油断したりはしない。

 慎重に慎重に、万全を期している。

 あるいは、それこそが他の三人にはない彼の長所なのかもしれない。

 その選択を取ることで、アインスとの一対一に敗れる可能性は、ゼロになった。



「っ!」



 そして、彼の選択は新たな敗北の可能性・・・・・・・・・を生み出した。

 とっさに、更に後ろに跳んで避ける。

 先ほどまで彼がいた場所に。

 無数の銃弾・・が突き刺さった。



「おま、えらは」



 アインスは、周囲を見回す。

 蟻のようなヘルメット。

 軍人を連想させる迷彩服と、機関銃。

 『軍隊蟻』が、ガンドックに銃口を向けていた。

 アインスを、助けるために。



「どういうつもりだ?裏切るだなんて」



 ガンドックは、部下であるはずの『軍隊蟻』を睨みつける。



「裏切り、ですか」

「それは、あなたの方でしょう」

「…………」



 確かに、先に裏切ったのは間違いなくガンドックの方だ。

 アインスを確実に倒すため、戦力にならないと判断した『軍隊蟻』ごとミサイルで吹き飛ばそうとした。

 ついでに言えば、これでアインスが消耗してくれればという思いもあった。

 いくら彼らが人道から外れたガンドックの行動に疑問を唱え、ぎくしゃくしはじめていたとはいえ先に裏切ったのがガンドックであるというのは間違いない。

 それをわかっているのかいないのか、ガンドックは歯噛みして、吠える。



「馬鹿な。お前ら、自分が何をしているのかわかっているのか?この俺に逆らうというのは、すなわちファイアフライ家を敵に回すということだ!」

「……そうだとしてもかまいません。先に敵に回ったのがファイアフライ家だったというだけのことです」

「減給も免職も受け入れます。でも、ここまでされて従い続ける理由はありません」



 端的に言えばガンドックは、『軍隊蟻』を舐めていたし、ファイアフライ家を過信しすぎた。

 自分自身が人生をかけるほどに執着していたものだったから。

 彼にとっては、絶対的な価値観の最上位に位置するものだったから。

 だが、それは『軍隊蟻』にとっては当てはまらなかった。

 金、地位、名誉、使命感、戦う理由は当然人によってまちまちだが、彼らはただ二つの点で強調していた。

 一つは、部下を巻き添えに攻撃するような上官は信頼できないし、反逆するべきであること。

 もう一つは、職業軍人として人々を守るために戦うアインスには、肩入れすべきであるということだ。



「なんだよ、なんでこうなるんだよっ、俺のことを好きにならない人間は――邪魔なんだよ」



 ガンドックは歯噛みするが、どうしてこうなるのかはわかっていなかった。

 一対一という条件であれば、事前の仕込みがあるとはいえガンドックが優勢だった。

 彼ら二人の勝負であれば、ガンドックが勝利していただろう。



「いいだろう、てめえら。死にたいってんなら――望みどおりにしてやる」



 もはや、ガンドックの頭の中には論理的な思考は存在していない。

 作戦も事前の用意も、総て使い切ってしまった。

 あとは、もう正面から力をぶつけ合うだけ。



「いや、そうはならない。我が守る」

『Exseed charge』



 アインスは『仮面』に触れて、最後のイクシードスキルを発動する。

 土を素材にして、巨大にして強大な大鎌を錬成。

 鎌を抱えるように掲げ、一歩ずつ近づいていく。



「そうなるだろ――俺が殺す」

『Exseed charge』



 ガンドックもまた、『魔弾』を銃に込め、まっすぐに狙いを定める。

 この魔弾でアインスを倒した後、すぐさま形態を変化。



「「――」」



 無言で、小細工も罠もなく。

 互いの牙をぶつけ合う。

 そうして――一つの戦いは決着した。



 ◇



 勝ったと、ガンドックは確信していた。

 榴弾砲や機関銃の連射で、『軍隊蟻』を塵にしてやる。

 彼はそう考えていた。


 

 その考え方は、誤りではない。



「なん、でだ?」



 倒れていたのは、ガンドックだった。

 胴体に斬撃を見舞われ、真っ二つになっている。

 ダメージが大きすぎたのか、変身も解除されてしまった。

 しかし、それ以上に彼の心が納得していなかった。



「ありえない、こんなこと」



 大鎌の一撃と、『魔弾』は相殺したはずだ。

 つまり、彼女の一撃がこちらにまで届く可能性は最初からない。

 以前、魔弾と大鎌がぶつかったときも、弾丸を斬られはしたが、相手の勢いを完全に殺していた。


「どうやって」

「鎌のしのぎで弾いただけだ」

「――!」



 真っ向からぶつかったのではなく、弾丸の衝撃を受け流して逸らしたのだと、アインスはこともなげに言った。



「いつの間に、そんな技術を」

「人は、日々進歩する。それだけのことだ」

「…………」



 ガンドックは納得する。

 人を守ること、そのために戦い、全力を尽くすこと。

 なるほど確かに、こいつは人間に違いないと納得する。

 自分等より、よっぽど。



「我の方が、思いが強かった。人として」

「そうだな」



 もう、彼は何もできない。

 体がゆっくりと『根』で修復されていることを感じながら、ガンドックは目を閉じた。

 それが、決着だった。

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