第118話「拳打と蹴撃の決着」

「しいっ!」



 シャコゴレイムは、ヴェーセル・グラスホッパーの天敵だった。

 硬く、近接格闘戦に特化したシャコゴレイムははっきり言えば近接戦限定のオールラウンダーである彼女にとってまさに要塞。

 一対一の戦いにおいて、ヴェーセルにとってはまさに鬼門だった。



「くっ」



 では、逆に。

 シャコゴレイムにとっての疑問がなんであるのかと言えば、今のヴェーセル達である。

 距離を空けたルーナやアルが、銃を発砲。

 弾丸が正確に、シャコゴレイムの眼球を捕える。

 眼球に罅が入り、目視が困難になる。

 その隙を、彼女たちは逃さない。



「ジニー」

「はあいっ!【コールドチェイン】」



 氷で作られた鎖がシャコゴレイムの足を縛る。

 感覚器を潰され、移動を封じられる。



「はああああああああああああああああっ!」



 ヴェーセルは全力の飛び蹴りを胸部に見舞う。

 頭をガードしていて、がら空きの胴体にもろにめり込んだ。



「うあっ」



 勢いに押され、倒れこむ。



「ふんっ!」

『Form change――shield sheep』



 シャコゴレイムは地面に拳をたたきつける。

 氷結の鎖が地面ごと砕かれ、破片が撒き散らされる。

 ヴェーセルやルーナはともかく、あとの二人は無傷ではすまない。

 だがそれは。



「あ、ありがとうございます、ヴェーセル様」

「問題ありませんわ!次が来ますわよ!」



 『羊』の盾で余波を防ぎ、ルーナたちが巻き込まれるのを防ぐ。

 さらに、起き上がったシャコゴレイムに対して、ヴェーセルは追撃を行う。



『Form change――horse chainsaw』

「はあっ!」



 馬の覆面とチェーンソー。

 回転する刃が、彼女の首を捕える。



「ふんっ!」



 だが、振り払う腕がチェーンソーを砕く。



「また武装が……」



 ヴェーセルにとっては、徐々に手札を失っている状況。

 だが。



「まずい、な」



 全身に入った罅と傷を見ながら、シャコゴレイムは呟く。

 不利なのは、シャコゴレイムの方だった。



 シャコゴレイムの天敵は、二つ。 

 一つは、遠距離攻撃に秀でたアウトレンジから攻めたててくる相手。

 近づくこともできず、一方的に削られて倒れる。

 そしてもう一つは、数に勝る相手。

 あえて言うならば、どれほどの格闘戦に優れていようとも二本の腕で対処しきれない数に囲まれれば、いずれは負ける。

 皮肉にも、統制のとれたヴェーセルたち四人は、シャコゴレイムにとっては鬼門だった。

 加えて、新たに判明したこともある。



「どうやら、アナタのコアは頭部にあるようですわね」

 ゴレイムのコアは、個々で位置が違う。

 心臓部にあるもののあれば、腹部にあったり、そもそも体内を移動しているものすらある。

 しかし、彼女たちの連携は、すでにそれすらも暴いていた。


「ならば……致し方あるまい」



 もはや、シャコゴレイムはシャーレのフリをすることすらやめている。

 余裕がなくなったのか、このゴレイムの場合前世の人格がある程度残っているのか。

 いずれにしても、雰囲気が変わっていく。

 追い詰めているのはヴェーセル側であるはずなのに、しかしてそうとは思えなくなるほどの圧を、このゴレイムから感じている。

 銃で、魔術で、蹴りで。

 傷つければ傷つけるほど、動きにキレが増していく。



「少しだけ、思い出したことがある」



 ぽつりと、ゴレイムがつぶやく。



「かつての私は、武道家だった」

「…………」

「毎日毎日修業に明け暮れていた。本名も顔も、家族のことも何も思い出せないが、これだけは覚えている」

「そんなに……」



 覚えているのか、と言おうとして彼女は言葉を飲み込む。

 アインスは、前世の、現代日本で過ごす前の記憶はまるでなかった。

 そして、これまで戦ってきたゴレイムも、前世の記憶を基本的に持っていなかった。



「人として生きた記憶があるのなら、なぜワタクシたちを殺すのです!」



 声を上げながら、蹴りで足を払う。

 さらによろけたところを、ジニーの魔術と銃撃で両手を上に弾かれる。



「はあっ!」



 頭部に、跳び膝蹴りが撃ち込まれる。



「しっ!」



 右フックを見舞うが、耐性の崩れた状態の反撃は少しだけ遅く、ヴェーセルは後ろに跳んで逃げる。

 しかし、わずかにかすめたことで装甲の一部がひび割れる。



(機動力に秀でた『兎』は生命線。あともって一度。一瞬でもかすめれば『兎』はもう使えなくなる)

「質問に答えよう。私は、私にとって殺すべきものを殺し、守るべきものを守る。それが私たちの生き方だ」

「……なるほど」



 理解する。

 どうあっても、殺し合うしかないのだと

 先ほど殴り飛ばされて変身が解除された時はダメージが大きすぎて装甲が砕ける前に変身が解けたが、今度はそうはいかない。

 いや、待てよという考えがヴェーセルの脳内に浮かんだ。



「やってみましょうか」



 ヴェーセルは、前に足を踏み出した。

 ゴレイムまた、拳を振りかぶり。

 ヴェーセルの蹴りが、頭部にめり込む。

 同時に、シャコゴレイムの腕が彼女の体に触れる。



「変身、解除」



 直前に、変身を解除する。

 右腕と右肺がちぎれて砕けて吹き飛んでいく。

 体は砕けているが、装甲は、未だ無事。



「変身っ!」



 左手で無理やり変身しつつ、ヴェーセルは宙空に跳んだ。

 さらに『仮面』に手を触れる。

 一瞬ではあるが、相手を怯ませた。



「ヴェーセル様!」

「【ボトムレス・スワンプ】」



 地面を沼地に変える魔法が、シャコゴレイムの動きを阻害する。

 足に力が入らない。

 しかして、まだ腕は振るえる。



「ああああああああああああああああああああ!」

「はああああああああああああああ!」



 互いに、最後の一撃を繰り出す。



「山岳流――山砕き」



 かつて学んだ言葉が、技が形を成す。

 右腕によるアッパーカットが飛んでくるヴェーセルを迎え撃つ。



『Exseed charge――moonsault heel』



 回転しながらかかと落としを繰り出す。

 重力と回転、全身の筋力を全て繰り出される。

 彼女のすべてをつぎ込んだ致命の一撃がゴレイムの命を刈り取ろうと迫りくる。

 交錯は一瞬。

 結果は、直後。



「ご指導、ありがとう、ございました」



 生前、幾度となく発してきたのだろう言葉を上半分が欠けた口から漏らして。

 シャコゴレイムの体が、崩れ落ちた。

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