第112話「コンビのくせに生意気な!」
「なあ、いいものだな」
「何が、ですの?」
「何でもないことが、だ」
宿にいるとき、アインスが急に切り出した。
会議中、窓の外の街並みと、人を見ての発言らしかった。
「人が人らしく生きている。ただそれだけで、我が戦う理由になる」
「ワタクシたちは、少しだけ似ていると思うのです」
「似ている?お前と、我のような怪物が?」
「ええ、行動原理が少しだけ」
承認欲求。
償い。
道は違えどいずれも、自分の願いのために戦っている。
けれど、ヴェーセルも、アイもそのために人を守るという道を選んだ。
ならきっと、それはヒーローには違いない。
「我は、怪物だぞ。誰よりなにより悪役だ」
「あら、聞き捨てなりませんわね」
ヴェーセルはふん、と不満げな顔をした。
「いいですの?この先何があろうとも、ワタクシ以上の悪役はいませんし、これ以上のヒーローもいませんの」
「なんだそれは」
アインスは、くすりと笑った。
それは誰より人間らしい、表情だった。
◇
「え?」
オーキドマンティスゴレイムの振り上げた右腕は、左腕を切り落としていた。
ただし、目の前にいたシャーレの、ではない。
オーキドマンティスゴレイム
落ちた左腕は、ぼろぼろと崩れて土くれへと回帰する。
「はあ?」
「なんで?」
「あ、あれ?」
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
オーキドマンティスゴレイムは、そのまま地面に手をつける。
直後、トラばさみが展開。
ゴレイムを捕え、持ち上げ、
「A」
地面から離れたからなのか。
あるいは、ダメージが大きすぎたからなのか。
オーキドマンティスゴレイムは、完全に静止した。
「なんだ、これは」
「ガンドック様、一体」
「私にもわからん」
「え、これ、どういうことなんですか?」
誰もが、戸惑っていた。
アインスが――ゴレイムが、人を襲わない。
そんな、この世界における常識を完全否定するような光景が、彼らの眼前で繰り広げられていた。
それは本来ありえないはずのことだった。
ヴェーセルとの戦いで、わずかに彼女が消耗していること。
目の前に、初めて救った人間の姿があったこと。
「そういう、ことですのね」
ヴェーセルが、真っ先にその理由に気付いていた。
ヴェーセルと、アインスとの間で共有された思い。
それは、
つまるところ、その対象は自分でも例外ではないということだ。
「こんなになっても、アナタは、アナタのままなんですのね……」
ヴェーセルは、泣きそうな声で語りかける。
人としての自我を、卑劣な手段で封じられようとも。
ゴレイムとしての本能が肉体の主導権を握ろうとも。
彼女の――アインス・オーキドマンティスの心はまだ、確かにここにあるのだと、彼女の行動が完膚なきまでに証明してくれていた。
ならば、ヴェーセルがとるべき行動は。
アインスを倒すべきことでは決してない。
「良く頑張りましたわね、アインス」
ヴェーセルは、
「あとは、ワタクシに任せてくださいな」
彼女が果たせない仕事と、彼女のミスを挽回するために。
◇
「あり得ない……」
離れた場所から見張っていたガンドックが、驚愕とともに言葉を発する。
「あの、ガンドック様」
「なんだあ?」
「いえ、あの、ゴレイムは本当に殺さなくてはいけないんでしょうか?」
「はあ?」
口調が荒くなるのを抑えられず、ガンドックが睨む。
「い、いえ。あのですね、確かにゴレイムは殺さなくてはいけないのはわかるのですが……」
そこで、彼は隣にいたもう一人の隊員を見た。
「自分も疑問が残ります。自発的に人を攻撃することはなく、本能を引き出されてもなお人を殺さずに踏みとどまっている。これを殺せというのは、民間人を戦で殺すのと同じことです」
「ぬ、ぐう」
『軍隊蟻』は元々対ゴレイムの組織ではない。
対人戦の訓練を受けた、族などを制圧することを想定された職業軍人たち。
それが、オリバロッソをガンドックが手にしたことで彼の配下へと組み込まれたものが、『軍隊蟻』だ。
つまり、かかわりも浅く、信頼関係も十分とは言い難い。
従っているのはあくまでガンドックが彼らの上司だからにすぎない。
「そもそも、ゴレイムを倒す同じ仲間であるはずのものを、正当な理由もなく殺すだなんて……。ヴェーセル・グラスホッパーにいたってはゴレイムですらありませんし」
「な、何を」
制止しようとしたガンドックは、それが彼一人のみならず全体の――軍隊の意志であることに気付く。
彼らは職業軍人だ。
確かに仕事で戦う以上、ある程度は割り切っている。
だがそれでも、彼らでさえも割り切れない部分が存在する。
それは、自分達が正義であるという認識を持てるかどうかに尽きる。
人を守り、正義の道を目指しているのは誰か。
そして、その道を阻んでいるのは誰か。
今や、『軍隊蟻』はガンドックが容易く操れる駒ではない。
「そもそも、本当にこんなことをファイアフライ家は認めていらっしゃるのですか?」
付け加えれば、ガンドックは自身が妻から指示を受けていることを明かしていないのもまずかった。
自身が英雄であるために――陰で指示を出しているものの存在は明かしてはならない。
ゆえに、今の彼らにはガンドックがファイアフライ家の了承を得ずに独断専行する、単なる独裁者に見えている。
「ええい、もういい!なら俺一人だけでやる!」
ガンドックは部下から“銃槍”を奪う。
アインスが戦闘不能になった以上、あとはヴェーセルを背後から撃てばいいのだ。
“銃槍”――ローゼイドのイクシードスキルを込めた弾丸を装填。
発射しようとして。
「しっ」
「あ?」
銃を持った右腕を切り落とされた。
「が、あ、何だ?」
ガンドックは、戸惑いながらも体内の根を以てちぎれた右腕を回収、修復する。
「何だ、とはずいぶんな言葉だな」
「アイン、ス?」
モノクロの服と髪、肌の、大鎌を手にした少女。
アインス・オーキドマンティスがそこにいた。
どうしてゴレイムから復活できたのかと考えかけて。
原因を悟る。
「さっきの、ダメージか!」
送り込まれたエネルギーを、ヴェーセルとの戦闘や先ほどの自滅で使い切った。
結果として『仮面』の支配に対する抵抗力が落ち――彼女はアインスに戻った。
そして、銃を構えていたガンドックを奇襲したというわけだ。
アインスとて、狙っていたわけではない。
たまたま、彼女の心が人を守ることを選び。
結果として、それが人に戻ることにつながったというだけのこと。
つまり。
彼女の心が、在り様が、生き様が――ガンドックの奸計を打ち砕いたのだ。
「……ありえない、ありえない、ありえない!」
ガンドックは、否定する。
それは、単に復活したことに関してか。
あるいは、自分が怪物を殺す英雄という役割をこなせていないことに対しての鬱憤か。
何であっても、アインスのやることは変わらない。
「ガンドック」
「?」
「貴様に言いたいことは山ほどあるが、実際に言うのはたった一つだ」
「何を」
「我は、逃げも隠れも手加減もせん。だから――まとめてかかってこい」
アインスは、ガンドックも『軍隊蟻』も全員まとめて受けて立つと宣言した。
「ふざけるなよ、悪役の怪物風情が、
「悪役で結構、我は知っている。悪であることを自認しながら、その実誰よりも優しく強い人間を。そして英雄を気取りつつ、心が悪意に染まった男もな」
「……っ!変身っ!」
「――変身」
ガンドックと、アインスは同時に変身し。
戦闘を再開した。
◇◇◇
第二部もいよいよ大詰めです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
「おもしろい」「続きが気になる」と思ったら評価や感想をよろしくお願いいたします。
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