第113話「怪物の正体」


「ここまでくれば、もう大丈夫ですわね」



 ヴェーセルは、シャーレを抱えて街の外に出ていた。

 今の彼女なら十秒もあれば銃の射程外に離れることが出来る。

 対ガンドックにおいて戦闘なら間合いで不利を取ることがあるが、逃げるだけなら機動力のあるヴェーセルの方が有利なのだ。

 ともあれ、これでもう流れ弾を浴びることはなくなった。

 ドローンなどでこちらの位置を探ってくるかもしれないが、見つけるのに三十分はかかるだろう。

 それだけあれば、十分だ。

 アインスを救助している暇はなかったが、それはルーナたちに任せるしかない。

 あいにくと、ヴェーセルにはそれよりやることがある。



「あ、ありがとうございます」

「礼には及びませんわ、当然のことをしたまでですもの」

「あ、あはは。そういえば、街の外に出ちゃったんですけど、ここは一体どこなんです・・・・・・・・・・・?」

「…………」



 ヴェーセルは答えない。

 彼女の言葉が聞こえなかったわけではない。

 ただ、答える必要がないから、答えないだけだ。

 ヴェーセルは、巨大な岩を見ながらおもむろに口を開く。



「ひとつ、ワタクシの方から質問をしましょう」

「え?」

ここがどこだかわからない・・・・・・・・・・・・んですわよね?」



 ただの事実確認だった。

 それだけで、もう確定と言ってよかった。

 ヴェーセルは、巨大な墓石とそこに備えられた萎びた花を見ながら、なおも言葉を続ける。


「部分的にしか食っていないから記憶の読み取りが不完全なのか、あるいは食われてから積み重ねた二年分の記憶は取り込めないのか……どちらなのでしょうか」

「な、何を」

「何よりも」



 ヴェーセルは、彼女の左腕に視線をやる。

 治療されたはずなのに、抉れて包帯すら巻かれていない傷口が露出している。

 そして、彼女のきれいな瞳に移った自分の姿を見る。



「未だ、ワタクシがこの姿であることが証拠ですわ、ロックゴレイム・・・・・・・

「…………」



 仮面騎兵に変身したままの・・・・・・・・・・・・ヴェーセルが、仮面越しにシャーレを――シャーレに擬態したゴレイム・・・・・・・・・・・・・を睨む。

 睨まれた少女の貌は、裂けるような笑みを浮かべていた。


 ◇



 ヴェーセルが墓石の前で標的と対峙していたそのころ。

 先刻までヴェーセル達が滞在していた宿の中では、二人の人物が言い争っていた。

 というか、片方が一方的にたしなめられていた。



「ねえ、おばさん。本当に行っちゃダメかな?」

「ダメにきまってんだろ。シャーレ、アインスさんたちが何のために戦っていると思っているんだい?アンタやあたしたちを守るためじゃないか」

「そ、それはそうだけど……」

「大丈夫じゃないかな?きっとアインスさんとヴェーセルさんがなんとかしてくれるよ。だから、信じて待っていよう。きっと彼らは、またここに戻ってくるはずだからさ」

「うん?」

 



 ヴェーセルは、標的であるロックゴレイムについて、基本的に潜伏しているのだろうと思っていた。

 アインスに撃退され、マグロゴレイムに敗れ、唯一彼女達が入ってこない街の中で隠れ潜んでいるのだろうと。

 ゆえに、人を襲っている可能性も低い。

 もちろんこっそり襲うことが物理的に不可能というわけではないが……縄張り争いに敗れたものの行動としては心理的にあり得ない。

 だから最初は唯一被害が確認されているシャーレの両親に擬態しているのではないかと考えた。

 だが、それはルーナたちの調査で間違いだとわかった。

 そもそも、故人に化けていたら知り合いに見つかってしまうだろう。

 


 では、どうすればいいのか。

 答えは簡単だ。

 故人以外に化ければいい。

 アインスが言っていたことだ。

 ゴレイムは、全身を食わずとも部分的に食べればそれだけで相手に擬態できる、と。

 それは、全身余さず食べる必要はなく、破片などが飛び散っても構わないということであり。

 食った相手が、生き延びていたとしても擬態が可能・・・・・ということである。

 シャーレは二年前、ゴレイムに襲われ両親を失った。

 そして、彼女自身もまた、自分の腕を食いちぎられている。

 つまり、シャーレは生きながらにしてゴレイムに成り代わられていた。

 この二年間よく露見しなかった、と思えるが仕方のない事情がある。

 まず、ガンドックたちによる監査。

 これに関しては、おそらく本当にゴレイムは何もしていない。

 ひたすらに潜伏していただけだ。

 それだけで、本物のシャーレはガンドックによってゴレイムではないと認定される。

 すなわち、シャーレの姿をしたロックゴレイムも怪しまれることはなくなる。

 もちろん、リスクはある。

 もしも本物のシャーレと鉢合わせれば、即座にゴレイムであると露見する。

 なので、基本的には壊れた建物の中にでも潜伏していたのだろう。

 時折情報収集も兼ねて外に出ていたはずだが、それでも「シャーレちゃんが外に出ている」としか思われなかったんだろう。



 ◇



 薄笑いを浮かべたゴレイムは、言葉を紡ぐ。

 その笑い方を見て、ヴェーセルは不愉快になった。

 少女の人格を侮辱されていると感じたからだ。



「もうバレたなら仕方がないか」

「観念しましたの?」

「まさか――お前を殺せばいいんだろ?数も出せないやつと戦って負ける気がしないなあ。一対一なら私が勝つ」



 にやりと笑ったゴレイムが、その姿を変じていく。



「勝つのはーーワタクシですわ」



 そして戦いが始まる。

 オデュッセイアにおける、本当に最後の戦いが。

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