第110話「ワタクシが貴族で仮面騎兵」


「何をしたんですの?」

回復・・

「っ!」



 ヴェーセルはそれだけで悟った。

 今のアインスの状態と、ガンドックが具体的に何をしたのかを。



「俺の作る弾丸は弾の形をしているだけで、実際はエネルギーの塊なんでさあ。今回は、それを攻撃ではなく純粋なエネルギーとして送り込みました。結果は御覧の通りですね」



 エネルギーを送り込んで回復したことによって、アインスが『仮面』の支配から解き放たれ……ロックゴレイムとして復活したのだ。

 見た目からして、ハナカマキリゴレイムというべき彼女は、これといって何をするでもない。

 ただ、両腕をだらんと下げ、こちらを見ている。

 今まで一度も見せてこなかった怪人の形態。

 ヴェーセルは、アインスと出会ってまだ日が浅い。

 それでも、幾多の視線を共に乗り換え、寝食を共にする中で関係性を構築し、深めてきたという自負がある。

 だからわかる。

 だからこそ、わかってしまう。



『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』



 今のアインスに、人としての意思はない。

 現在の彼女は、もはや普通のゴレイムと大差ない。



「あの、何をしていらっしゃるのですか?」

「……」

「動か、ないで」



 一歩ずつ、アインスは足を進めていく。

 その足取りが、どこを向いているのかはまるでわからない。

 だが、を狙っているのかは、わかりきっている。

 このまま何もしなくては、アインスは人を襲い、殺し、食らうだろう。

 本能のまま、心の逆様の在り方を。

 止めるしか、ない。

 止められるのはヴェーセルしか・・いないのだ。



 ◇



 地獄絵図しかない状況で、一人の男が笑っている。



「ははは、想定通りの結果になったなあ」



 ヴェーセルは、アインスを殺すしかない。

 アインスも、ヴェーセルと戦うだろう。

 互いに消耗するはずだ。

 イクシードスキルなどの切り札だって切らざるを得ない。

 そして、そこをガンドックが遠距離からまとめて葬る。

 防ぐ方法はない。

 ヴェーセルは脅威となりうるゴレイムを放置できない。

 短い付き合いではあるが、彼女の性格はもうおおよそ理解している。

 ガンドックのヴェーセルに対する評価は端的に言えば『理想の奴隷』である。

 自分の発言や行動に縛られている。

それがたとえ間違っていたものだとしても、異常に高いプライドが撤退や撤回を許さない。

 前世では政治家や高名な学者に度々いたパターンだ。

 自分の思想や学説、理想を曲げられず堕ちていった人間など、枚挙にいとまがない。

 今回で言えば、ヴェーセルはアインスを倒すしかない。

 なぜなら彼女の理想は「ゴレイムを倒し、人々を守ること」だから。

 ゆえに、彼女にできるのは目の前のゴレイムを倒すことのみ。



「こいつを戻すことは……」

「少なくとも俺にはもう無理だなあ」

「…………」



 わかっている。

 ガンドックには、アインスを止める気がない。

 今もこちらがアインスから目を離せないのをいいことに、じりじりと距離を取っている。

 大方、ヴェーセルとアインスが争っているところに漁夫の利を得るつもりなんだろう。

 それでも、彼女は他の方法を選べない。

 確実に、目の前のゴレイムを倒し、オデュッセイアの人々を守る。

 それが、ヴェーセルの選んでいる道だから。



「アナタを止められるのはただ一人――ワタクシですわ!」

『AAAAAAAAAAAAA!』

「――変身」

『Change――bind weed』



 悲鳴にも似た少女の宣言と、シードマスクより発される機械音声によって変身はなる。

 紫色の光が彼女を包み込む。

 装甲が、まとわりつき、覆う。

 かくして、両者は激突する。

 片方は望まぬまま、されど自分の意思を貫くために。

 もう片方は種としての本分を、されど自分の意思とは無関係に。

 ヴェーセルは『猿』の拳を突き出し。

 オーキドマンティスゴレイムは、腕についた鎌を振り上げる。

 かくして、始まる。

 どちらの心も望んでいない戦いが。

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