第109話「墓石の冒涜者」
「……アインス?」
少し離れた場所で、衝撃音を聞いたヴェーセルが首をかしげていた。
ヴェーセルは、散開した後全速力で走り、ゴレイムがいるであろう候補地を一つ一つ『仮面』による探知で探し続けていた。
「あの位置は、門の前……。ガンドックとアインスの戦いが始まったということですわね」
慎重に、されど早急に終わらせなくてはならない。
『犬』の索敵はあまり意味がない。
あれはどこに生物がいるかを探索するならばともかく、その生物がなんであるかまではわからない。
首筋に虫が止まったことはわかっても、その虫の種類までは触覚で特定できないのと同じだ。
◇
アインスとガンドックの戦闘開始から十五分。
ヴェーセルは、既に十か所以上の候補を捜索し終えていた。
「この建物の中には、いませんわね」
ヴェーセルが考えていたのは、
ゴレイムに襲われることでできた廃屋に、主もいない壊れた建物にずっと隠れているのではないかと。
人手が足りないからか、長期的に壊された家屋が放置されていた。
シャーレの話によれば魔法を使える人間がオデュッセイアには多くないらしいし、仕方がないのかもしれない。
ちらりと、ヴェーセルは廃屋の前に置かれていた
最近までここを調べていなかったのには理由がある。
廃屋がすべて、被害者の
元々、墓地は街門の外にある。
すなわち、ゴレイムが外にいる可能性があれば、彼らは墓地を利用できないのだ。
だから、その代用として彼らが住んでいた場所が使われる。
そして、そんな家屋を住みかとして使うものはいない。
人の心があるものには、絶対に出来ないはずだ。
人の心があれば。
「よお」
いつの間にか。
本当にいつの間にか。
廃屋の崩れかけた屋根の上に、人が立っている。
墓石の上に立っていることを、わかっていないのか、あるいはわかっていたやっているのか。
軍服と拳銃がトレードマークの仇敵が、彼女を見下ろしている。
「ガンドック!」
ヴェーセルは、とっさに『仮面』に触れようとして、今ここでは変身できないということに気付く。
ならば殴り合いをするしかないのか、とも思うが銃を使える分だけヴェーセルの方が不利だ。
……こうして考えると、対人戦において銃を出せるオリバロッソは有利だ。
銃弾生成が特性ゆえに仕方がないのかもしれないが。
さらに、思考を加速させる。
ここまで、彼が来ているということ。
そして、アインスが周囲にいないこと。
それはすなわち、一つの可能性を示唆している。
「殺したのですか、アインスを」
「いやいやあ、殺しちゃあいませんよ」
ガンドックはへらへらとかぶりを振った。
「それよりもっとヤバいことになってますねえ」
「は?」
「ちょっと提案があるんですがねえ」
「提案?」
どこまでも胡散臭い彼の言動に、ヴェーセルは眉を顰める。
「ゴレイムが暴れてます。一緒に戦いませんか?」
「それは、構いませんが……」
ヴェーセルとしては、ゴレイムがいる以上戦わない理由はない。
背中を打たれる危険性はあるものの、それが結局のところ襲われている人を見捨てる理由にはならないのだから。
「ちょっと、面白い話をしませんか?」
「何ですの?」
「そもそも、どうしてアインスが人間らしくあることが出来ていたのかという話でさあ」
「それは、シードマスクがアインスのゴレイムとしての本能を抑制し、正常なバランスを取っていたわけからでしょう。それ以外に何かあって?」
「ははは、それだと仕事としちゃあ五十点ですわな」
余程余裕があるのだろう。
崩れかけていた軍人ロールプレイが、完全に元に戻っている。
「まあ、仮面騎兵の力でゴレイムの本能を押さえつけていた。それは間違いないわけでさあ。ただ、アンタの認識には一つだけ狂いがある。あいつは、アインスは正常なんかじゃない。狂ってんのさ」
「……なんですって?」
ヴェーセルは、ガンドックをきっとにらみつける。
しかしながら、あくまでも彼は気に留めていない。
「考えてもみろよ、人間だって食欲がわかなくなったり、性欲が減退したら病院に行くよな?種族としての本能が抑えられているってのは病気に近いか、病気そのものなんですぜ。
まあ、後者に関しては俺らも人のことは言えませんがね?」
「…………」
アインスを侮辱する言葉を、否定しようとして……できなかった。
それが事実だとわかっていたから。
思い出す。
アインスが時折意識を途切れさせることがあったことを。
そして、そのタイミングは決まって安静にしている時だった。
(アインスの意識がなくなっていたのは休んで、
食事をとり、休息を取るだけで病気が治ったりよくなったりすることはままある。
同時に、この二年間、そう言った事態が起きなかったことも理解できる。
アインスは、ずっとゴレイムと戦い続けていた。
それは、常に体力を消耗し、弱っていたということでもある。
免疫力の落ちた体が容易く病魔の侵攻と進行を許すように、アインスは『仮面』によって制御されていたということだろう。
そこまで考察して、疑問に行き当たる。
「……待て」
「アンタらに真っ向から戦って勝つのは難しい。なので、ちょいと趣向を変えてみたんでさあ」
狙っていたわけでもないのだろうが。
彼が言い終えると同時に、廃屋の壁を突き破ってヴェーセルの目の前に現れた。
そこには、一体のゴレイムがいた。
人に近い体格と骨格で。
両腕から長く鋭い鎌を生やし。
全身を華美な花弁で覆っていた。
そして、頭部には昆虫を思わせる醜悪な複眼と顎がついていた。
まるで、
「アインス……?」
恐る恐る声をかける。
声が震えているのを、自覚する。
『A?』
ゴレイムは、首をひねった。
まるで、目の前の人物に心当たりがないとでもいうかのように。
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