第108話「銃士の過去」

 ある男の話をしよう。

 男には、家族がいなかった。

 物心ついた時には養護施設にいた。

 両親がどのような人物なのかは本人はおろか、職員すら知らなかった。


 そして、親しい友人もいなかった。

 元々内向的だったことや、親のいない者に対する偏見、彼自身のコンプレックス。

 そういったものが合わさった結果、彼には身内と言える人間はいなかった。

 唯一の趣味である戦車や戦艦といったミリタリーだけが、彼の居場所だった。

 

 だから、ガンドック・ファイアフライとして転生したことを理解した日。

 彼は誓ったのだ。

 今度は、温かい家族を手に入れると。

 そしてある日、それは叶った。


「貴様は、歯車、道具、兵器に過ぎない」



 結婚した直後に、そう言われた。

 結婚する前は、とてもやさしく穏やかな人だった。

 だが、今の妻はそれとは真逆。

 結婚した後、ガンドックが仮面騎兵に選ばれてから、妻は変わってしまった。



「私にとって、家族というものは歯車だ。各々が己の役割をこなす中でできる共同体。それこそが、家族」



男は外で戦い、女は家で安息の場を整える。 

それは原始時代から連綿と受け継がれてきた一つの価値観であり、決して否定すべきものではない。

 絶対的に正しいとは言わないまでも、多数ある正しさの一つではあったはずだ。

 だが。



「アインス・オーキドマンティスを殺せと?」

「そうだ。やつを殺せば、ファイアフライ家の影響力は拡大する。理論的には貴様と貴様の部下――『軍隊蟻』のみでゴレイムには対処できる。ゴレイムと争い、倒し、消耗したところを背後から撃て」

「し、しかしそれでは」



 ガンドックとしても反論はあった。

 確かに『軍隊蟻』や魔導騎士団はよくやってくれている。

 だが、彼等を前線に立たせるのは決して正しい判断ではない。

 攻撃手段がどうとかの話ではない。

 生存能力の話だ。

 ガンドックたち仮面騎兵は、首を落とされたり、心臓を潰されても『仮面』さえ無事なら死ぬことはない。

 だが、『軍隊蟻』は違う。

 一度でもまともにゴレイムの攻撃を受ければ死ぬ。

 銃を持って熊に立ち向かうようなもの。

 相手を殺す手段があっても、ゴレイムの牙もまた、命に届きうることに変わりはない。

 ならば、仮面騎兵は替えが効かない戦力であり、殺していいわけがない。



「ならば――離婚するか?」



 びくり、と体が震えるのを自覚する。

 どれほど酷い言葉を吐かれても、何を命じられても。

 ガンドックは、妻に逆らえなかった。

 だって家族は本当に彼のすべてだったから。



「わかった、君の言うとおりにするよ。だから、捨てないでくれ」

「ああ、わかってくれればいいよ」



 そういうしか、従うしか、彼には選択肢が残っていなかった。

 彼にとって、仮面騎兵として戦うことは自分の居場所を守ることだった。

 夫である自分が外で仕事をする。妻である彼女は家を守る。

 そして、息子が跡を継ぎ、命を繋ぐ。

 それが、彼の望みであり、生きる理由そのもの。



「だから、こんなところで失敗なんてできない。やるしかねえのさ」

 ◇



「が、あ」

「はじまった、な」



 ガンドックは、眼前の自身が作り出した光景を見る。

 アインスの体には変化が表れ始めていた。

 ガンドックの仮説が正しければ、この変貌は止まらない。



「全員撤退!フェイズ3に移行!」



 ガンドックは、部下に指示を出しつつ、彼自身もまた動き出す。



『Form Ⅲ――ドローン』



 ドローンを飛ばしつつ、彼は目当ての人物を探す。

 そして。


「いた」



 すぐに見つかった。

 彼のドローンを介して飛ばされた視線の先には。



 ◇


「……アインス?」


 少し離れた場所で、衝撃音を聞いたヴェーセルが首をかしげていた。

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