第100話「見えてきた」
十五分ほどたっただろうか。
「落ち着いた、か?」
泣き止んだ、あるいは泣きつかれたシャーレの頭をなでながらアインスは声をかける。
シャーレは、顔を上げて乱暴に袖で顔をぬぐう。
「はい、すみません、迷惑をかけて」
「気にするな。そもそも、迷惑だとも思っていない。家族を失ったものには、涙を流す権利がある」
アインスは無表情だったが、目つきが少しだけ優しい、ような気がした。
ぽつりと、彼女の口から言葉が漏れる。
「我は……どうするべきなのだろうな」
「何が、ですの?」
アインスはヴェーセルにだけ聞こえるように囁いていた。
人間の聴力ではとらえられないであろう程のか細い声で。
なるほど、こうすれば仮面騎兵同士ならバレずに会話できるのか。
アルあたりには通じないだろうが。
「我のオリジナルは――アインス・オーキドマンティスは既に死んでいる。だが、葬儀はあげられていないし、遺体すら回収されていない」
「そうですわね。ガンドックに訊いた話では、アインスの配下は行方不明者として扱われているらしいですわ。ずっと森の中でゴレイムを殺し続けていたゆえにアナタは黙認されていたようですが」
もしかすると、ヴェーセルが指摘しなくてもいずれ誰かが気付いていたのかもしれない。
ガンドックも、疑いくらいは抱いていた可能性すらもある。
「アナタは、元のアインスがお墓に入れていないことを悔んでいるのでして?」
「ああ、そうだ。申し訳ないと、心から思っている」
「であれば、王都に戻るべきですわね、一度」
もちろん、ゴレイムを殺してからですが、と補足する。
「ワタクシは、その上でアナタがアインスとして振舞うべきだと思いますわ。実際がどうであれ、アナタが今はアインスなんですから」
そもそも、ヴェーセルとしてはアインスを対外的には「人間の仮面騎兵」とするべきだと考えている。
やや頭の固いところがあるローグと、ガンドックさえ説得できればそれは実現できるはずだ。
もっとも後者は現状どうやって説得すればいいのか皆目見当もつかないのだが。
「そういう考え方もあるのだろうな」
「多分、
「だが」
なおも何か言おうとするアインスの白い唇に指を当てて、ヴェーセルは告げる。
「アナタの罪は、アナタが一人で背負うべきですわ。これ以上数えるべき罪を増やすのは、よくないと思いますの」
「そうか……」
人によっては。
真実が白昼の元にさらされるべきだという人もいるかもしれない。
けれど、ヴェーセルはそれを望まない。
叶うなら、アインスにはアインスとして生きていてほしい。
それは、ある意味では保身なのかもしれない。
なにしろ、ヴェーセル自身も少女の肉体に憑依転生している状態なのだから。
ふとアインスを見ると、何やらあたりを見回して何かを探しているようだった。
「どうしたんですか、アインスさん、きょろきょろして」
「いや、少しでも残っていないかと思って、な」
「……?」
シャーレは何を言っているのかわからないようだったが、ヴェーセルには意味がわかってしまった。
要するに、死体の一部でも残っていれば埋葬できたのにと言いたいのだろう。
まあ、流石にかなり時間が経ってしまっているし見つけるのは無理、というか野生動物に食われた後だろう。
「全身を食べる必要はないのですか?」
「ないぞ。理論的には髪の毛一本でも遺伝情報を食えば擬態が可能だ」
服装なども真似るから実物を見る必要もあるようだが。
「ふむ……?」
ヴェーセルは、一瞬何かを思いつきかけた。
しかし、それはすぐに消えてしまった。
◇◇◇
お久しぶりです。
ここからまた更新していきたいと思っております。
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