第99話「墓石参り」
食事が終わり、ムスカとバルは食器を持って奥に引っ込んだ。
シャーレが残っているのは、アインスと一緒にいたいからか。
あるいは、
ヴェーセルは、ちらりと彼女の左腕の包帯に目を落とした。
アインスはカルパッチョを四皿食べたのが相当嬉しかったのか、いつもより生き生きとしている。
あるいは、今までは疲れて元気が出ていなかったのかもしれない。
「では、改めてゴレイムの捜索を開始しようか。ああ、シャーレ、一つだけいいか?」
「は、はい」
アインスは、一つだけお願い事をした。
シャーレは了承した。
一つの条件付きで。
◇
「ここで、間違いないんですのね?」
「ええ、そうなんです」
アインスとヴェーセル、そしてシャーレは街を出て森を歩いていた。
ヴェーセルは付き添いである。
というか、アインス一人では武力的に不安があるためだ。
ガンドックが攻撃した際に、自分自身はともかくシャーレを守ることが出来ない。
ちなみに、メイド三人は宿を出てオデュッセイア内部の捜索を続けている。
彼女たちはゴレイムに勝てるとは言えないが、探索能力と、逃げ切る程度の力はある。
街中を探ってもらっていた方が安全だし、と考えて指示を出したのだ。
そんな風に人員を割いて、ヴェーセル達は人気のない、より危険な場所にいた。
少しだけ、先を歩いていたシャーレがふと立ち止まる。
「ここが、シャーレのご両親の……」
シャーレは答えない。
言葉の代わりに、一つの大きな石の前に、彼女は立った。
それがなんであるのか、わからないほど鈍感ではないつもりだった。
シャーレは、右手に持っていた花束を、そっと石の前に置いた。
「これは、ご両親の?」
「はい、そうです。といっても、遺体は食い荒らされたので残っていないんですけどね」
シャーレは、引きつったような笑みを浮かべている。
それが、どうしようもなく痛々しかった。
「単なるピクニックだったんですよ。昔は、ゴレイムが来る前は実際このあたりまで出かけるのも珍しくはなくって」
「ええ、観光名所もたくさんあったと聞きますわ」
「そんなとき、ゴレイムが来て、二人は私を守ろうとして、わた、わたしの」
「もういい、やめろ」
アインスが、そっとシャーレを抱きしめた。
しまった、しゃべらせすぎたとヴェーセルは自分のうかつさを悔む。
シャーレはストレスに耐えかねたのかひゅーひゅーと、過呼吸を起こしている。
顔色も悪い。
やはり、連れてくるべきではなかった。
ここは彼女の両親が殺された場所、ロックゴレイムが唯一目撃された場所だ。
ヴェーセルは、元々アインスと二人だけで来るつもりだった。
ただ、それは無理だった。
そもそも、アインスがシャーレを助けたのは本当に偶然である。
オリジナルの死体を食らい、『仮面』に取りつかれて人間としての意識と自我を獲得して。
元のアインスは転落事故で死亡したために、自分の現在地すらはっきりと理解できずに彷徨うことになったらしい。
そして食われかけているシャーレとゴレイムを見つけ、人命救助のために戦闘を行っただけ。
つまり、アインスは現場の正確な位置を
「あの時、私はそばにあった岩を二人のお墓だって定義しました。だから、いつかお墓にって。でも、危ないから外に出ることは禁止されてて、おじさんおばさんはよくしてくれるけど、避難所に逃げるとき以外は外出もまともにできないから、お墓に行けるわけなんてなくて」
「そう、だったのか」
アインスも、そっと花を石の前に置く。
ヴェーセルも、それに習った。
確かに、真っ当な保護者であれば当然子供を外に出そうとは思わないだろう。
シャーレがトラウマを抱えているということまで考えればなおさらだ。
それでも、シャーレはずっとここに来たかったんだろう。
肉体はゴレイムの胃の中だとしても。
魂は消えてしまったのだとしても。
それでも、死者を悼むという行為が無意味ははずはない。
彼女の愛情が、間違っているはずはない。
シャーレは、ぽろぽろと涙を流しながら、右手で包帯の巻かれた左腕を握りしめる。
アインスは、彼女の小さな背中にそっと手を当てる。
「泣きたいのなら、好きなだけ泣くといい。貴様にはその能力と資格がある。泣きつかれるまでずっと我らもここにいる」
「は、い」
嗚咽を漏らすシャーレを抱きしめながら、アインスの薄い唇が動く。
「すまない、我の責任だ」
「う、ううううううううううう」
「…………」
ヴェーセルにしか見えない彼女の表情は、怒りと悲しみが混ざって、泣きそうな顔をしていた。
人間の、顔だった。
◇
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