第91話「恐怖心」

「あ、ぐ」


 エネルギーを吸われ、絞められたことでオリバロッソの変身が解除される。

 蔦に縛られたまま倒れ込む。

 まだイクシードスキルは使えるはずだが、オリバランチャーも奪われている状態ではもはや何もできない。

 さらに、ヴェーセルはそれだけでは終わらない。


「拘束しますわ」

「ぬおっ」



 鞭を操作し、近くにあった巨岩にガンドックを括り付ける。

 いかに仮面騎兵が常人離れした身体能力を持っていようとも、さすがに動けまい。



「く、そ」

「この銃は預かっておきますわね」



 ヴェーセルはオリバランチャーにもう片方の鞭を巻きつける。殺すつもりはないが、戦闘能力は奪っておかなくてはならない。



「ヴェーセル、この後どうするつもりだ」

「それを教えるつもりはないですわ。そんな義理、ありませんもの」

「ぐっ」



 ヴェーセルは、すでにガンドックを眼中にも入れず、背を向けている。

 彼女の視線はオデュッセイアの方に注がれている。

 今頃きっとアインスとルーナ達が殺し合っているはず。

 どちらかが死ぬ前に止めなくてはならない。

 ヴェーセルはアインスを高く評価しているが、それはあくまでも自分の欲望のために人を殺したりしないだろうというレベルの話である。

 本気で殺そうとしてくる人間に対して彼女がどのように対応するのかは未知数であり、彼女が人間と同じ心を持っているとしたら反撃だって選択肢に入るのだ。


「そんな悲劇は、絶対に防がなくてはなりませんの」



 ヴェーセルは、『蛇』のまま街へと駆け出す。

 ルーナ達と合流して、誤解を解き戦闘を止める。

 そしてメイド三人とアインス、ヴェーセルでチームを組む。その後は、オデュッセイアを襲撃したロックゴレイムを探索、始末する。

 今度こそゴレイムから街を救うことができるはずだ。



「はあ、はあ、クソが」


 ガンドックは、蔓の拘束から逃れようとするも、できない。

 変身すれば、あるいはドローンを使えばできるかもしれないが、いずれも今の彼には無理な話だった。



「何でこんなことに……」


 ガンドックは嘆きを口からこぼすものの理由はわかりきっている。

 こうなった原因は自分であるとわかっていた。

 失敗した。だから、無様に岩にくくりつけられている。


 ーー君が失敗すれば、全ては君の責任だ。

 ーー私は謝らない。


「わかっています。わかっている、だから……」


 失敗は許されない。

 命令通り・・・・、三人の仮面騎兵を全て始末し、ファイアフライ侯爵家がこの国を牛耳る。

 そのためにも、さっさとこの場を離れて部下と合流しなくては。

 


「くそ、なんで外れないんだ!」


 このままヴェーセルとアインス達が合流してしまえばガンドックは間違いなく破滅だ。

 メイド三人とアインス、ヴェーセルが万一にも共闘することになれば、まず勝てない。

 それだけは何が何でも避けなくてはならない。

 そうなってしまったら、彼にとって一番大切なものを失うことになる。


(ダメだ、俺はアイツらを殺さなくては、俺は、俺の家族は)


 ガンドックは必死に思考を巡らせる。

 どうにかして拘束を解き、最大最強の形態である第六でヴェーセルとアインスを始末する。

 そうすればオデュッセイアを守りつつ、使命を果たせて一石二鳥だ。

 そんなガンドックの思考は。


「?」


 物音によって妨げられた。

 ガンドックがいる森の中で。

 がさがさと、木をかき分ける音がしていた。



「熊か?」


 ゴレイムは人以外を襲わない。

 ゆえに野生動物は問題なく生活しており、稀にゴレイムによって崩壊した街を動物が襲い、二次被害が出ることもある。

 とはいえ、仮面騎兵には強靭な肉体と凄まじい再生能力がある。

 熊が相手でも死ぬことはまずない。


「いや、これは」


 熊にしては、大きすぎる。

 土色の肉体が見える。

 立派な甲殻と触角と、鋏が見えた。

 ザリガニのゴレイムが、そこにいた。


「アインスの、配下か?」


 ガンドックはアインスが先ほどオデュッセイアを襲撃したと思っている。

 理由は自分たちへの報復だ。

 ガンドックは自分の目的のためにヴェーセルを殺そうとしていた。

 だがその一方で、アインスに対しては本心から危険な存在だと評価していた。

 ファイアフライ家のためではなく世界のために、殺さなければならないと。


「あ、あ」


 ゴレイムは、一歩、また一歩と縛られたままのガンドックへと向かってくる。

 ゴレイムは人を殺して捕食する。

 例え相手が仮面騎兵であったとしても例外ではない。


「く、くそ、解けろ!」


 ガンドックは自らの両手を縛る蔦を振り解こうとするが、できない。

 変身時でなければ膂力が足りず、両手を固定されているせいで変身できない。


「な、なんでこんな」


 体が震えるのがわかる。恐怖心に囚われていたら駄目だ。

 早く変身してゴレイムを処分しなければ。

 足音が響いた。


「…………」

「Vaguuuuuuuuuuuu」


 既に、ゴレイムはガンドックのすぐそばに、牙が届く距離にまでにまできていた。


「…………」


 逃げようともがくが、岩にくくりつけられているために何もできない。

 ガンドックは、斜め上のゴレイムを見ながら、恐怖心に染まった目を見開いて。

 口を開けた。


「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


森の中に、彼の情けない叫び声が響き渡った。

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