第56話「エピローグ ジレンマは終わらない」


「……それでどうだったかな、ヴェーセル」

「どう、とは?」

「なんというか、はじめてロックゴレイムを討伐して王都での騒動を終わらせたわけだけど、どう思っているのかな、と」



 ヴェーセルたちは、確かに今回の騒動の元凶たるロックゴレイムを討伐し、解決し、人々を守って見せた。

 だが、本物のアメリア・ローズマリーをはじめとして守り切れていない人がいたのもまた事実だ。

 犠牲者がどれほどになるかは詳細はわからないが、確認できているだけで百はくだらない。

 ましてやこれは王都に限ったものに過ぎない。

 鴉ゴレイムが王都に来る前にどこでどのように過ごし、何人殺したのかは誰にもわからないことだ。

 とはいえ、彼が訊きたいのはそう言うことではないのだろう。



「ヒーローになりたいと、先日ワタクシは言いましたわね」

「ああ」

「完全無欠のヒーロー、とは恥ずかしくてとても言えませんわ。守れなかったものが多すぎます」

「ならば、どうする」

「前に進み、進み続けるだけですわ。ヒーローであるために、ヒーローであり続けるために」



 こんな自分に価値を見出してくれた人が、いる。

 彼女たちがヴェーセルの中に見た幻想を、現実にできる力が彼女のある。

 だったら、やることなんてきまっている。



「ゴレイムから人々を守り続けます。それが、ワタクシのやるべきことで、やりたいことだから」

「フッ、流石はわが友だ」

「アナタは逆に、どうするんですの?」

「私も同じだとも、私の友人に誇れる人でありたいからね。それにやっぱり、推しを演じるという信念も貫かなくてはいけないし」

「ふふふ、では改めて頑張っていきましょう!」

「ああ、もちろんだ」



 ヴェーセルと、ローグは握手を交わした。

 彼と彼女が、何度も行ってきたように。



 ◇



 ローグが帰った後、ヴェーセルは、自室でごろごろしていた。



「すーうっ、はーっ」

「あの、ヴェーセル」

「何ですの?」

「ちょっとくすぐったい」



 自分のスカートの中に顔をうずめているヴェーセルに対して、彼女のベッドの上に座り込んだアルが苦言を呈する。



「あらごめんなさい」

「別にいいけど、そこまでして顔を突っ込みたい場所じゃないと思うよ。絶対に汚いし」

「アルの体に汚いところなんてありませんし、あったとしてもご褒美ですわ」

「そうか、ならいいや」



 仕方がない、という顔をしてアルはスカート越しにヴェーセルの頭をなでる。



「な、なんでアルちゃんもちょっと楽しそうなんですか?」



 少し離れたところで、ジニーは椅子に座って本を読んでいた。



「まあ、ヴェーセルのこれはいつものことだから。それにジニーやルーナも嫌じゃないでしょう?」

「ふえあっ!まあ、否定はしませんけど」



 図星をつかれたらしいジニーは目をそらし、本で顔を隠す。

 そんなやりとりを耳で聞きながら、視覚と嗅覚でヴェーセルは楽園を堪能していた。



「ヴェーセル様!」



 がちゃり、とドアを開けて部屋にルーナが入って来る。

 既に傷は塞がっている。

 魔法による治療があったとはいえ、一週間程度で致命傷が治ったのだからやはり尋常ではない。



「?」

「なんというか、その」

「隣町にて、ゴレイムが発生したということで、ヒールに出動してほしいとのことです」

「忙しすぎませんこと?」

「あの、文献によると、これが仮面騎兵の日常だ、そうです。なので、これからずっとこうですね」

「ええ……」



 ジニーは、いつも通り本を読んだまま教えてくれた。

 ヴェーセルは、もうやめたいという顔をするしかなかった。



 ◇



 ヴェーセルとルーナは、馬車に揺られながら、移動する。

 サスペンダーもあるので振動はそこまでではないが、それにしても無理できるレベルではない。

 馬車の中で、いつものようにルーナに膝枕をしてもらっていると、ヴェーセルはルーナが心配そうな表情を浮かべているのに気が付いた。



「どうかなさいまして?」

「大丈夫ですか?」



 どうやら、心配しているのは、ローグだけではなかったようだ。

 無理もない、自分を近くで見ている彼女がヴェーセルの心の傷に気づかないはずもない。



「大丈夫ですわよ。ワタクシは悪役で、ヒーローですから」



 これから、どんな敵が現れるのか。

 一体どれだけ戦えばいいのか。

 何人救えるのか、あるいは何人取りこぼすのか。

 それはわからないけれど。



「私は、今輝いているでしょう?」

「はい、ヴェーセル様はいつだって綺麗で、ヒーローです」

「アナタたちがそう思ってくれるなら、大丈夫ですわ」



 ヴェーセルはにこりと笑って膝枕を解除、そのまま起き上がって前を向き、息を大きく吸って。

 彼女なりの思いのたけを叫ぶ。



「さあ、悪役劇場、開幕ですわーっ!」



 人々に見守られながら、戦い続け。

 悪役のまま、悪を討ち続ける。

 そんなヒーローの宣言が、あたりに響いた。


 ◇◇◇

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 これにて第一部は終了、登場人物紹介をはさんだのちに第二部を開始します。

 

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