第55話「シナリオを語るお茶会」

 ロックゴレイムを討伐してから、一週間がたった。

 ローグとヴェーセルは、グラスホッパー邸でお茶会をしていた。



「それで、結局アメリア嬢のご遺体はローズマリー邸におありになったのですね?」

「ああ、どうも庭に埋められていたそうだ。まあ、遺体と言っていいかどうかわからないがね」



 ローズマリー邸の庭から、アメリア・ローズマリーのものと思しきや骨の欠片や血液反応が見つかったそうだ。

 ローズマリー邸の使用人などは全員無事だった。

 殺せば疑われると踏んだのだろう。



「それとは別に、彼女の私室に大量の宝石と眼球が見つかった。宝石については、被害者の所持品を奪ったものらしく、現在持ち主の特定を急いでいる」

 大半は、貴族から奪ったものだから足がつくだろうけど、とローグは補足する。

「こうやって、事件は終わったわけだけど、他にも事後処理的なことは色々あるよね」

「ええ……」

 まず、被害者やその遺族に対する補償をしなくてはならない。

 これは国がやることではあるのだが、仮面騎兵であるヴェーセル達も確認できている範囲で認定をしなくてはならないし、謝罪と説明に赴いたりもした。

 あくまでも、ヴェーセルとしては仮面騎兵としての責任があると考えられた。

「付け加えるならば、私達にとっても影響は未知数だ。主人公が怪物に成り代わられて、とっくの昔に死んでいた、ということなんだからね」

「ええ、本当に、予想外でしたわね」

 この世界は、『ドラゴンライド・アルブヘイム』という乙女ゲームの世界によく似ているらしい。 

 ローグがそう言っているのだからそうなのだろうと思える程度には、ヴェーセルは彼を信頼していた。

 そして、『ドラゴンライド・アルブヘイム』とは主人公・・・アメリア・ローズマリーが攻略対象を次々と攻略するというゲームだった。

 彼女を容疑の対象から無意識に外していたのかもしれない。

 いくら何でも「主人公」が死ぬはずはないだろうという思い込みがあったのかもしれない。



「アメリアは、聖剣を使って闇の力に呑まれた悪役を殺し、攻略対象と結ばれる、そういうルートしかなかった。グッドエンディングとしては、ね」

「バッドエンドルートは、あったということですわよね。これから先どうなるのかはわかるんですの?」

「いいや、さっぱりわからない。そもそも、主人公が死ぬタイプのエンディングは主人公が死んだ時点でエンドロールが流れるから、その後に何が起こるのかは誰も知らないんだ」



 もしかしたら、シナリオライターすら知らないかも、とローグは補足する。



「ともあれ、闇落ちした我々がアメリアに殺されるという破滅ルートを回避することはできた。私達が同盟を組んだ意味はあったということだね」

「ええ、ですが、完全に今後のことはわからなくなりましたわ」



 あるいは、アメリアが死んだことで、ヴェーセルやローグがシナリオ通りにアメリアに殺されるということはなくなったので僥倖と言えるのかもしれない。

 しかし、シナリオがない以上、ここから先は未知の世界だ。

 何が起こってもおかしくないし、ゲームに存在していたルート以上に、苦痛に満ちた最期を迎える可能性だってある。



「何が起こるのかはわかりませんわ。また、守り切れないのかもしれない、傷つくかもしれない、失うかもしれませんわ」



 恐怖がある。

 あの時、もしもルーナが死んでいたら、ヴェーセルは正気を保てなかっただろう。



「それでも、ワタクシは進み続けるしかできないのですわ。自分が傷つかずに、失わずに、綺麗なままで異様だなんて甘い考えは持っておりません」

「そうだね、私もだよ」



 形を変えた人ゴレイムを殺して、救えなかった人間もいて。

 それでも、手を伸ばし続けるしかないのだ。



「失うと言えば、フィリップ殿下が追放されたのは知っているかい?」

「ええ、本人から聞きましたわ」

「今回の件で、フィリップ王子は痛手を被った、精神的にも物理的にも立場的にもね」



 危うく殺されそうになっていたことに加え、よりにもよってゴレイムと婚約をしようとした。

 城内にゴレイムを招いてしまったのである。

 それも問題だが、何よりゴレイムに仮面騎兵の情報を漏らしていたことが一番の問題だった。

 フィリップ自身が、認めていた。

 王族が持っている仮面騎兵に関する情報も、ゴレイムに関する情報も、全て話してしまったと。

 婚約していたから問題ないと判断していたと。

 その責任を取らされる形で、王太子の位から引きずり降ろされた。

 王太子には、第二王子が就任したらしい。

 単に、第二王子側の派閥が口実として利用しただけなのかどうかはわからない。

 ただ、全てをフィリップ自身はどこかすっきりしたような顔をしていた。

 フィリップと一度だけ、話をした。


 ◇


「ありがとう、私を守ってくれて、この事件を終わらせてくれて。それと、すまない。いやなことばかりして」

「ワタクシの方こそ、ごめんなさい。もっと色々説明すべきでしたわね。私の性的嗜好の話だとか、転生前のこととか色々と」

「私は修道院に幽閉されるらしい。だから、これでお別れだ」

「どうか、お元気で」

「ありがとう」

「ええ」



 ◇ 



 嘘偽りのない会話だけだったと、思いたい。


「ヴェーセル?」

「ええ、何でもありませんわ」

「そうか、なら一つ質問をしよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る