第54話「結局最後は蹴り技で終わる」
「ぐ、う」
ヴェーセルの状態は、ボロボロだった。
至近距離でレーザーの
右足の装甲だけが焼け落ちており、満身創痍。
手に持った『仮面』にも罅が入っている。
それでも、彼女はまだ動ける。
「体をひねって、避けたと?素晴らしい!」
『Moonsault heel』は空中で体を回転させてからかかと落としを見舞う技。
それを利用することで、カウンターを当ててしまえばいい。
ヴェーセルも、わかっていた。
相手が『Moonsault heel』の特性を知っていることも、そこにカウンターをしてくることも。
ヴェーセルが戦うところを間近で最低でも二回見ているのだから。
何より、仮面騎兵について例外的に詳しく知っている王族と親しくしているのだから。
「はあああああああああああっ!」
そして、ヴェーセルはこれまでの戦闘で理解していることもある。
レーザーは連発できないことも。
レーザーを空打ちさせれば、致命の一撃を当てられることも。
「ああっ!」
ヴェーセルは左足に、仮面を装着する。
『Exseed charge』
仮面から必殺技の発動を示す音声が発される。
『Exseed charge』はキャンセルが可能だ。
『Moonsault heel』であれば『仮面』を足に装着することで、エネルギーを送り込んで発動する。
だがしかし、途中で仮面をはがすことで、エネルギーの流入を中断することができる。
一度使うと見せかけて、必殺技を囮として使用した。
完璧に、彼女の不意をつくために。
ゴレイムの正面、体を仰向けにして、左足を床に平行に掲げて。
「おおっ!」
「これは……」
『Moonsault heel』――かかと落としは、彼女自身の体に対して真下に落とす技。
体の向きが異なっていれば、真下でなくても攻撃できる。
床に背中を預けていれば、垂直に立っている鴉ゴレイムを攻撃できる。
左足の踵が、ゴレイムの胸部に激突した。
鴉ゴレイムは、察する。
自分の体が電撃の檻によって動けない。
そして、コアがある胸部に彼女のかかとが押し当てられている。
必殺の一撃が、鴉ゴレイムを今この瞬間にも滅ぼさんとしている。
外殻を砕き、光り輝くコアに到達し、コアすらも砕かんとしている。
「あああああああああああああああああ!」
終わりたくない、おわれない。
まだ、宝石を集め足りない。
眼球だって、まだ奪い足りない。
――本当に、■■は宝石が好きねえ。まあ、それはおもちゃなんだけど。
ふと、声がした。
それは幻覚か、転生前の人であった時の記憶か。
どちらであっても関係ない。
正面にいる敵を殺し、欲しいものを奪うだけの存在が、今の鴉ゴレイムだから。
だから、ここで終わるなどありえない。
ここで目の前の敵が先に死ねば、まだ終わらない。
そう判断した鴉ゴレイムは、目から光線を発射する。
現在進行形で蹴りを入れている最中のヴェーセルには躱せないはずだと判断した。
「まだだっ!」
完全に回避できたわけではない。
光線がかすめたことで、マスクの左半分が融解している。
顔の皮膚すらも焼け焦げている。
けれど、彼女はまだ諦めていない。
彼女の目からは、輝きは失われていない。
心も、折れていない。
余熱で肌が焼かれる感覚も、全身に走る痛みもあって、それでも止まりはしない。
ここで終わることはできない。
――なれますよ、貴方なら。
信じてくれる人がいるから。
守らなくてはならない人が、彼女の背中にはいるのだから。
「せいやあああああああああああああああっ!」
びしり、と宝石のような色と形をしたコアに罅が入る。
罅は徐々に大きくなる。
コアにも再生機能は存在しているが、修復が追いついていない。
避けることも、耐えることももはや不可能。唯一の攻撃手段であるレーザーを放つにも充填する時間が足りていない。
だから、これで終わり。
「……ああ、綺麗だ」
最後に、目に映ったのは。
生まれたはじめて見た、自分自身の宝石のようなコアと。
鴉ゴレイムを見据えるシェリアの眼球。
そのどちらか、あるいはどちらをも視界にとらえて、鴉ゴレイムは砕け散った。
『条件を達成しました』
『ロックゴレイムを一体討伐:を達成しました』
『追加装甲が解放されました』
脳内に直接響くアナウンスと、変身の解除がヴェーセルたちの勝利を教えてくれている。
「フッ、お疲れさま。大丈夫だったかな?」
「お疲れさまですわね、お互いに」
ヴェーセルは右足と顔の左半分を負傷し、それ以外にもあちらこちらに裂傷がある。
体内の蔓が直そうと蠢いているが、体力が足りないのか修復がうまく働いていない。
今はもう、それでもよかった。
だって変身が解けたから。
もう、戦う必要もないのだから。
「ヴェーセル」
声がした。
ローグではないし、メイドたちでもない。
彼ら以上にずっと前から知っている間柄の存在だった。
尖った耳、宝石細工や彫刻のように整った顔立ち。
「フィリップ。どうして、ここに来たんですの?」
「知らないよ」
どうしていいのかわからないという表情を、フィリップはその整いすぎた顔に浮かべていた。
ヴェーセルも同じ気持ちだった。
「助けてくれて、ありがとう」
「あ……」
彼が、どうしてヴェーセルに辛く当たるのかを彼女は理解できない。
けれど、フィリップがヴェーセルの行いの結果に対して、評価してくれたのであれば、それはきっとやってよかったのだと思えるから。
「ヴェーセル様!今病院にお連れします!」
「あら、ルーナ、どうもありがとう」
「殿下、何で、戻って、いらしたん、ですか?」
「とりあえずヴェーセルを運ぼう」
ルーナたちも駆けつけてくる。
肩を担がれて、ヴェーセルは城を出ようとした。
「待って!」
後から、彼の声が聞こえた。
幾度となく、話をしてきたけれど。
一度も本音で話し合ったことがなくて。
けれど、きっとそれは間違っているから。
「ああ、また話をしようぜ、フィリップ」
「ああ!」
◇◇◇
王都を震撼させたアメリア・ローズマリー事件。
死者、四十五名。
行方不明者、約三百名。
負傷者、多数。
原因であるロックゴレイム、仮面騎兵ヒール、仮面騎兵ローゼイドにより討伐。
以上が、この事件の結末である。
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