第51話「とある物語の結末」

「大丈夫、そうですわね。怪我がなくて何よりですわ」

「あ、ああ」



 ヴェーセルは、変身を解除した。

 フィリップに安心してほしかったからである。

 いや、ヴェーセルが嫌われているという前提で考えれば、どの程度意味があるかわからないが。

 フィリップは、安堵したような、探していたものを見つけたような表情をしている。

 意味はあったらしい。

 ヴェーセルはさらに、フィリップが怪我をしていないことを確認して、安堵した。



「色々言いたいことはありますが、ひとまず貴方には避難してもらいますわ」

「【アクアハンド】」



 声とともに、水でできた長い腕がフィリップを捕える。

 水でできた腕が、ゆっくりとフィリップを持ち上げてゆっくりと下ろしていく。

 ジニーによって発動されていた魔法が、二階にいたフィリップがゆっくりと地面におろす。

 彼の体には、傷一つない。



「どうやら、無事だったようですね。フッ、やはりアメリア・ローズマリー嬢がロックゴレイムに成り代わられていたというわけか」



 目の前には、バラをモチーフとした覆面の戦士、仮面騎兵ローゼイドがいた。

 彼女と同じ、ゴレイムを倒しうる存在。

 アメリアに、自分がアメリアだと思っていたものを、倒すために彼女達が動いている。



「フィリップ殿下、どうかお下がりください。ここは危険です、あとは私たちにお任せください」

「で、殿下、恐れながら騎士団のいるところまでは、私達がお連れします」

「……連れていく」



 フィリップは、三人いるメイドの一人が、ヴェーセルのメイドであることに気付いた。

 いつも、彼女の会うたびに彼女の側にいたからよく覚えている。

 眼帯の少女も、そう言えばヴェーセルと校外学習で一緒だった。

 魔法を使った少女は、よくわからない。

 魔法が使えるあたり、もしかしたら家庭教師も兼ねているのかもしれない。



「あ、ああ。わかった」



 フィリップは言われて、穴が空いた壁を見つめる。

 あの穴の向こうで、ヴェーセルとアメリアが戦っているのだ。

 さっきの言葉はどういう意味だったのだろうか。

 蛇の鞭で外に運ばれる寸前、ヴェーセルがこぼした言葉が頭の中で反響していた。



「君の方で、よかった」



 あれがどういう意味だったのか、知りたいから。



「ヴェーセル!」 



 壁の外から、城の中へと向かって叫ぶ。



「勝ってくれ!」



 もう一度、自分は彼女と話さなくてはいけないと思うから。

 心から、言葉を振りしぼってフィリップは叫んだ。

 だって、あの時はじめて目が合ったと感じられたから。



 ヴェーセルには、フィリップの叫びは聞こえていた。

 かといって、返事をしたりはしない。

 彼のことが嫌いだから、ではない。

 ただ、別の言葉で応えるべきだと思ったからだ。



「変身っ!」

『Form change――Vine viper』



 守るべきものを、守るための言葉を。



「あらあら、本当に困ったものですね」



 崩れた頭部が、すぐさま再生していく。

 再生能力が、ストーンゴレイム達とは全くもって比べ物にならない。



「ヴェーセル様、どうして攻撃してくるんですか?」

「状況がわかっていませんのね、貴方はゴレイムです。つまり、アメリア嬢ではないただの化け物ということですわ」

「うふふ、そうかもしれませんね、そういえば、さっき貰ったルビー、とても綺麗だったのですが、どこかに落としましたかね?」

「とりあえず拘束させてもらいます」

「あら?」



 両腕の鞭をアメリアの方に伸ばし、体に巻き付いて拘束する。

 アメリアのこちらに近づこうとする足が完全に止まってしまった。

 『蛇』の能力は、蔓の鞭を介した拘束である。

 両腕の鞭にからめとられたゴレイムは行動できなくなる。

 加えて、じわじわと体力を吸い取るので、時間がたてばたつほど動きづらくなる。



「このままあなたを拘束いたしますわ、あと三十分もたてば避難誘導も終わって、ローグが駆けつけてきます。そうしたら二人がかりで貴方を撃破しますわ」

「なるほどなるほど」



 鞭が全身に巻き付き、じわりじわりと彼女の体力を吸っている。

 攻撃力は低いが、拘束と制圧、持久戦と足止めにおいて『蛇』にかなうものはいない。

 無論、『兎』や『猿』で倒しに行くという選択肢がないわけではない。

 だが、それはリスクが大きい。

 なぜなら、ここは王城内部だからだ。

 王族が、貴族が、使用人が、大勢の人がいる建物で犠牲者を出さずにこのゴレイムを殺しきるというのは難しい。

 それならばここで足止めを行い、人払いを済ませたうえでローゼイドと合流。

 そのまま、叩き潰すのが理にかなっているはずだ。

 ヴェーセルの目的は、ゴレイムを殺すことではない。

 人を助けること、そしてヒーローになるということ。

 大切な人達に、胸を張れるように。

 輝く人間であり続けられるように。



「どこまでも、イライラさせてくれますね」

「?」

「『生前の』アメリア・ローズマリーは確かに快活で、誰にでも優しい人間だったと聞いていますわ。でも、こんな風に拘束されてまでへらへら笑っているほど気狂いでもなかったはずですわ」

「あらあら、何が言いたいんですの?」

「言葉は借り物、感情は偽物、記憶を引き継いだだけのまがい物」

「……うん?」

「いつアメリアを殺して入れ替わったというのですか?」

「ええと、私が私になったのは、だいたい半年くらい前ですかね?」

「アメリアは、本物のアメリアはどこへ?」

「彼女の目玉は、大事に保管してますよ。綺麗ですからね」

「…………っ!」



 つまるところ、眼球以外は保管されていない、無事ではないということだ。

 多分もう、この世のどこにもいない。

 食われて消えてしまったのだ。

 ヴェーセルは、ゲームの主人公であるらしいアメリア・ローズマリーと関わらないようにしていた。

 だから、婚約破棄以前の、入れ替わられる前の彼女のことは知らない。

 けれど、殺されるほどの人間ではなかったはずだ。

 それを殺した目の前の怪物に、守ることも気づくこともできなかったヴェーセルに、腹が立っている。



「ヴェーセル様の眼球、綺麗ですね」

「目は輝いているものです。輝いていれば、輝いているほどいいのです」

「?」



 カラスの頭部にある二つの目が、白くなる。

 いや違う、発光している。

 ようやく、以前放った衝撃波の正体がわかった。



「首から上は残しておきますね」

「っ!」



 鴉ゴレイムは目から光線・・を照射した。



 ◇◇◇

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