第33話「主・従・出・発」

 七日というのは、あっという間である。

 校外学習で、フィリップがの行動を監視し、動かぬ証拠を掴むという計画を実行する日が、ついにやってきた。

 幸いなことに、この一週間で確認できる範囲でゴレイムが原因の死者は出ていない。

 ゴレイムは何度か王都の貴族街にて出現していたが、それらはすべてヴェーセルかローグが倒していた。

「行ってらっしゃいませ、ヴェーセル様」

「アルさん、ヴェーセル様をよろしくお願いしますね」

「うん、わかってるよ」

 今回の校外学習、ルーナとジニーは参加しない。

 特例を設けて参加させるというのも考えたのだが、そもそも彼女たちは戦闘要員になりえない。

 今回の校外学習は王族や貴族が多数参加する。

 そのため、多くの騎士が護衛として参加することになっている。

 二人がいなくても、護衛や誘導、ゴレイムの拘束などは可能なのだ。

「もしも、貴族街で何かありましたら、逃げつつ、どうにかしてワタクシに連絡してくださいまし」

「ええ、もちろんです」

「魔法で合図を送る。ゴレイムが出たら赤い煙を出す」

 そんなことを言われつつ、ヴェーセルとアルは馬車のある学園まで急ぐことにした。

 ◇

 高等部一年生、合計二百名以上。

 さらに、彼ら彼女たちの従者や引率の教員、さらに護衛の騎士なども含めれば総数は四百を超える。

 それらが、多数の豪華な馬車に乗り込んで移動していた。

「ヴェーセル、見えるね」

「何が?」

「木」

「ああ……」

 貴族街にいるときは、近すぎて逆に意識しないもの。

 王都の中央にある王城。

 その王城から、一本の大樹が生えていた。

 王城が豆粒に見えるほど太く、大きく、何より高い。

 高さは恐らく千メートルを超えているだろう。

 頂上は蚊取り線香のように、あるいは蛇のように幹が横向きに渦巻いている。

「神龍樹アルブヘイム、アルブヘイム王国の礎にして、象徴ですわね」

「そうなのか。でもただ大きいだけの木なんじゃないの?別に何かを為したわけではないと思う」

「いいえ、実はそうでもありませんわ」

 ヴェーセルは、『仮面』をなでながら、アルに語る。

「ワタクシたちが使っている『仮面』も神龍樹からできたものらしいですわよ。神龍樹からこぼれた種が『仮面』――シードマスクになったという伝承があるようですわ」

「そうなんだ、すごいね」

「ええ、あの木がなければゴレイムに対抗する手段はないということになりますから」

「違う。ヴェーセルが博識ですごいということ」

「おっほっほっ、まあ、ジニーの受け売りなのですけれども」

 馬車には、乗り合わせている以前ヴェーセルにケンカを売ってきた二人の女生徒もいる。

 彼女達とは普通に話す関係になっていた。

「今回の平民街見学は、パン工場、鍛冶屋、そして劇場となっているらしいですね」

「詰め込み過ぎではなくて?」

 アルが、ぽんぽんと体を叩いてくる。

「どうか致しまして?」

「ん、そういえば私も来てよかったの?」

「ええ、アルには絶対に来てもらいたかったのですわ」

「ルーナとジニーが一緒じゃなくてもいいの?私は弱いよ?あの二人みたいに強くないよ?」

 アルは、眼帯を抑えている。

 古傷が痛むのか、あるいは心理的外傷なのか。

「アル」

 ヴェーセルは、アルの方を見て、はっきりと言った。

「アナタが、綺麗だったであろう右目を失ったのも、家族を守れなかったのも、全てはゴレイムのせいであり、アナタの責任ではなくってよ」

「わかってる。わかってるけど」

「貴方は、耳がよかった。だから、遠くから現れたゴレイムを前に誰よりも早く逃げだした。自分だけが、家族も仲間も犠牲にして助かったと思っているのですわ」

 それでも逃げ切れず、片目を失ったところで当時の仮面騎兵が現れて討伐してくれたのだそうだ。



「それでいいんですの。アナタは戦う必要なんて、ない。戦うのは、ワタクシの役割です」

「うん」



 こくり、とうなずく。

 ヴェーセルは、やはり彼女はかわいいなと思った。



「それに、今はアナタがすべてを失った状況とひとつだけ違うことがありますわ。それだけはご理解を」

「それは?」

「ワタクシがここにいることです。ゆえに、アナタが傷つくことは絶対にありません。なぜならワタクシが守り、戦うから」

「ヴェーセル……」



 アルが、一つだけ残っていた瞳をこちらに向けている。

 表情が変わらないので、何を考えているのかヴェーセルにはわからない。

 何を思っていたとしても、ヴェーセルが言うこともやることも何一つ変わりはしない。



「アナタはアナタの仕事を果たしてくださいな」

「……わかったよ」



 アルは、表情を変えないままうなずいた。

 けれど、瞳には決意が浮かんでいた。

 自分の役割を全うする、と。


 ◇◇◇

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