第32話「作・戦・立・案」
授業を終えて、ルーナと二人で伯爵邸まで戻りながら、ヴェーセルはいつもより機嫌がよさそうに話してきた。
「ふふふ」
「どうかしたんですか、ヴェーセル様」
「仮面騎兵ヒール、という存在が徐々に人に認知されてきているのですね」
「ああ、それはそうかもしれません」
そもそも、仮面騎兵というのはゴレイムに対抗しうる唯一の戦力である。
ヴェーセルは元々フィリップやアメリアによって評判を地によって叩き落されたが、それ以前は決して悪くなかった。
さらに、人々をゴレイムから救う英雄という評価が加わっていた。
別にヴェーセルとしては人々から罵倒されているというのも悪くはない。
ただ、悪名はヴェーセルの置かれた状況的に広まりにくい。
王太子妃にはなれずとも、貴族であることには変わりはない。
そんな彼女の悪口は、貴族ならともかく平民には表立って言うことはできない。
対して、賞賛ならば問題ない。
だから、悪口よりもずっと広まる。
何より、堂々と喧伝できるのがいい。
「それよりも、ヴェーセル様」
「なんでしょうか?」
「来週は校外学習、貴族街を出て平民街に行くことになりますが、わかっていますか?」
「ああ、そうでしたわね。最近色々あって忘れていましたわ」
貴族たちは、本来平民街に立ち寄ることはあまりない。
普通に考えて、立ち入る意味もあまりないし、単純に危険だからだ。
ただ、定期的に市井見学という授業が存在する。
貴族たちが、王都の平民街に赴いて、庶民の実態を学ぶというものだ。
まあ、実態は遠足と大差ない。
現状、王都でのゴレイム出現というが、ゴレイムが出現しているのは貴族街だけだ。
奇妙なことに、貴族街の外周に存在している平民街ではゴレイムが発生していない。
「いえ、思えば貴族街にしか出てこないのも不自然ではあるよなあ、と思いまして」
「それは貴族にロックゴレイムが擬態しているからでしょう?」
「否定はできないのですけれど、妙なのですよね」
貴族街と平民街の違い。
それは大雑把に言えば、入りやすさにある。
王都は、まず巨大な石壁によって囲まれており、壁にある門で行われている検問を通過して、はじめて王都に入ることができる。
平民街は、それこそ戸籍さえあれば入ること自体はさほど難しくはない。
そして貴族街は入るのは難しいが出るのはたやすい。
王都の中心部に、さらにもう一つ壁に囲われた区域が存在しており、そこが貴族街である。
貴族街に入るには、壁につけられた門で行われる非常に厳しい検問を受けなければならない。
だから、普通に考えれば貴族街だけではなく、平民街でもゴレイムが出ていなくてはおかしいのだ。
だというのに、今まで一体たりとも出ていない。
それは、なぜか。
それが理解できれば、大元のロックゴレイムが誰に擬態しているのかが理解できるはずだ。
例えば、王族・貴族の中でも特に身分が高くて、うかつに外に出られない、だとか。
「フィリップ……」
態度が変わったのが、人格の変化によるものだとしたら?
もしも、最初に王城にゴレイムが現れたのが、大元であるロックゴレイムが王城に住んでいるからだとしたら?
「……確かめなくてはいけない」
「ヴェーセル様?」
あくまでも、まだ仮説でしかない。
けれど、どうやって検証するのか。
彼は、露骨にヴェーセルを敵視している。
下手に接触しても、ただ反発されるだけで、彼がゴレイムかどうか暴くのは難しい。
「調査が終わった」
「ふえっ」
「あら?」
アルが、いつの間にかヴェーセルとルーナの後ろに立っていた。
いつからそこにいたのか、まったく気づけなかった。
「アル、いつからいましたの?」
「ついさっき。というかなるべく早く報告したかったからこっそり背後に忍び寄ってすぐさま声をかけた」
「こっそり忍び寄る必要性はないような気がするんだけど、アルちゃん」
「ごめん。でも、定期的に隠密性を保つためには仕方がないことだと思う。ルーナに通じるなら、大体の人間には通じるから」
「それで、報告はどうなっていますの?」
「ごめん、話がそれたね。結論から言うと、フィリップ殿下がヴェーセルの悪口を広めているのは事実だよ。というか、ヴェーセルが悪者扱いされている原因はそれだね」
「なるほど」
元々、ヴェーセルとフィリップを担ぎ上げていた者達が、ヴェーセルの悪口を言っているのは知っていたが、発信源がフィリップであるというのなら納得がいく。
元々担いでいた神輿だ。
その影響力は尋常ではないだろう。
「あと、追加だけど、ヴェーセルとフィリップ殿下を担いでいた連中は、今殿下とアメリア・ローズマリーの下についている」
「ああなるほど、二つあった頭のうち片方がすげ変わったという構図なんですのね」
確かに、理解はできる。
「やはり、現状で一番怪しいのはフィリップでしょうかね。思えば、私に対する態度も辛らつでしたし」
「態度は、割と前からだった気はする」
「そうだと思いますよ、ヴェーセル様」
「あら、そうでしたか」
「でも、確かにご情報を流しているのは客観的に考えて怪しすぎる。捜査をかく乱しようとしているのかもしれない」
「でもどうしましょう。正々堂々と聞いたりするわけにもいきませんよね?」
ルーナの意見はもっともだ。
何より問い詰めたとして、物的証拠がないのだからどうとでも言い逃れできる。
『仮面』で調べようにも、距離を取ってくるため、確認できない。
捜査権は、質問に答えさせる権利であって、『仮面』での検査は適用されないからそれも意味がない。
「であれば、こっそり見張るしかありませんわね。現行犯を抑えるのですわ」
「でも、いつ動くのかなんて予想できないよ?」
「いえ、一つだけ方法がありますの」
「と、言いますと?」
「ルーナ、七日後の予定は?」
「あ」
言われて、彼女は気づいたらしかった。
「三日後、社会科見学があります」
貴族街で過ごすヴェーセル達が珍しく、平民街に出ていく日。
ゴレイムにとっては、たくさんの獲物を捕食する機会であるはず。
「おそらく、奴も動くはずですわ。そこを現行犯として抑えて、ストーンゴレイムごと撃破します」
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