第31話「王・子・暗・躍」


「申し訳ありません、殿下は時々ああなんです」



 去っていった彼を見送っていると、声をかけられた。

 鈴のような、清らかな声。

 それでいて、ヴェーセルとしては気まずいのであまり聞きたくない声だった。



「先日ぶりですわね、ヴェーセル様」

「え、ええ、アメリア嬢」



 アメリアは、フィリップの婚約者である。

 ゆえにここにいること自体はおかしくないが、普通は彼の後を追うべきではないだろうか。

 心配する様子もなく、ここにとどまっているのは普通ではない。

 あるいは、内心では彼女はフィリップのことを何とも思っていないのかもしれない。

 ゲーム『ドラゴンライド・アルブヘイム』の主人公ということで、忘れていたが彼女もまた貴族令嬢の一人。

 政略結婚であると、割り切っているのかもしれない。

 おそらく、フィリップの方はそう思っていないのだろうけど。

 あの溺愛っぷりは、愛情あってのものであるはずだ。



「そういえば、先日お渡ししたイヤリング、付けておられるのですね」



 アメリアの耳には、グリーンダイヤモンドのネックレスがついている。

 以前ヴェーセルがフィリップに贈られ、アメリアに渡すことになった代物である。



「ええ、とってもきれいです。なので、頻繁につけていますね」

「それは何よりですわ」



 ずい、とアメリアは顔を近づけてきた。

 一歩ヴェーセルが後ずさると、二歩間合いを詰めてくる。

 結果として、キスするのではないかという距離にまでなった。

 アメリアも美少女の部類ではあるし、ヴェーセルのストライクゾーンには入っているのだが得体がしれなさ過ぎて性的な興奮どころではない。

 にこりと、笑ってアメリアは言葉を発した。



「ヴェーセル様、とてもいい目をされていますね」

「はい?」

「とても綺麗ですよ?エメラルドみたいで、カットされたのかと思うほどに輝きが増しています」

「は、はあ。ありがとうございますわ、大変嬉しく思います」



 何を言われているのかもよくわからなかったが、とりあえずヴェーセルは同意しておいた。

 もしかして、同性愛者なのではないかと思ったが、そんなはずはない。

 少なくとも、ローグの話す『ドラゴンライド・アルブヘイム』の知識によればアメリアの攻略対象は全員男性だったはずだ。

 けれど、この世界は必ずしも原作通りとは限らない。

 キラキラしたものや、宝石なんかが好きなだけかもしれないし。

 アメリアは、一礼して去っていった。

 おそらく、フィリップの方を追っていったのだろう。

 正直、あの二人と接触するとそれだけでトラブルの発端になりそうなので、よほどのことがない限り、ヴェーセルとしては関わりたくなかった。

 そもそも今はゴレイム騒動の解決に集中したいのだ。



「大丈夫でしたか、ヴェーセル様」

「ええ、私は別に」



 面倒な相手に絡まれる、程度のことはヴェーセルとて貴族だし、幾度となく経験している。

 今更どうということはない。

 ただ、今はあんなやつらにかまっている暇はないというのも本音だったのだが。



「ローグもありがとうございますわ。貴方がいないと話がややこしくなるところでした」

「フッ、気にしないでくれよ。仲間のために行動するのは当然のことだ」

「そういえば、先程お二人とも何か言いたいことがあったのではありませんか?」

「ほう、それはそれは私もぜひとも聞いておきたいね」

「は、はい」

「じ、実は」



 二人とも、ヴェーセル以上に、ローグに夢中だった。

 頬を染めて、うっとりとローグの顔を見つめている。

 まあ、この国においてフィリップとローグは最上位の美形ではある。

 それこそ、二人とも顔だけで言えば百年に一人の美少年、あるいは美青年である。

 中身まで知っている上にそもそも男性に興味のないヴェーセルからすればあまり魅力を感じない相手だったが、知らなければそうなってしまうのだろう。

「許可がとれたから」と、ローグが空き教室を一つ貸し切ってくれたので、そこで話すことになった。

 机を囲んで、椅子四つにそれぞれ座った。

 ヴェーセル、ローグと、ラベンダー、パンジーの順番に座った。



「実は、フィリップ殿下なのですが」

「先日、二人でいた時に言われたんです。ヴェーセル様が、実はゴレイムをあちこちにしかけているすべての黒幕なんだと」

「「「は?」」」



 ヴェーセル、ローグ、ルーナは絶句した。



「ちょっと待ってください、フィリップ殿下が」

「ヴェーセルが、王都でのゴレイム事件の原因であると広めていると?」

「は、はい。『あの女の行くところでゴレイムが発生する。穢れたあの女のせいで、犠牲者が出ているんだ。これを広めてほしい』と、おっしゃっていました」

「一体、何のためにそんなことをしているんだろうな」

「フィリップ殿下は、ワタクシを嫌っていますからね」

「嫌っている、のですか?」



 ラベンダーが訊いてきた。



「ええ、幼馴染兼元婚約者なのですけれど、昔から何かと絡んでくるというか、けちをつけてくるんですの」

「けち?」

「よく、「お前はどうして笑わないんだ?」など表情について文句を言われてましたね」

「ええ……」

「あとは、頻繁に贈り物をされるのですが、何度も何度も感想を訊いてくるのですわ。美辞麗句を並べても不機嫌になりますし」

「うん?」

「あとは毎日手紙が届いていたりしましたわね。ここ二、三年はほとんど来ていませんが」

「それは、いやなんでもない」



 ローグは、非常に何か言いたげな視線を向けたが、何も言わなかった。

 ルーナ、ラベンダー、パンジーは、何かを察して遠い目になった。



「ヴェーセル、君はコミュニケーション能力をもっと磨くべきだな。殿下もだが」

「そうですの?」



 なぜそんなことを言われるのかよくわからなかった。



「であれば、特に問題はないのかな。あくまでも個人的な恨みに過ぎないのであれば、私が気にするようなことではないのかもしれないが」

「……まあ、そうでしょうね」



 ヴェーセルとしてはフィリップにどう思われていようとそれ自体はどうでもいいことだった。

 ただ、フィリップの件から派生して気になっていることが一つだけあった。



「あるいは」

「どうかしましたか?」

「いえ、それより午後の授業がもうすぐ始まりますわよね」

「あ、そうですね」



 言われて、ヴェーセルたちは席を立ち、教室へと移動した。

 教室へ歩きながら、背後を歩くルーナに気を配りながら、横の二人の貴族令嬢と話しながら。

 ヴェーセルは考えていた。

 あくまでも、フィリップの敵意はヴェーセル個人に向けられていた。

 パーティでヴェーセルを晒し者にするのとはわけが違う。

 捜査をかく乱し、人を殺しかねないようなことを、フィリップがするだろうか。



「ロックゴレイムは、人に擬態して成り代わる」



 ぽつりと、ローグから聞いた情報を改めてつぶやいた。



「ヴェーセル様!教室につきましたよ!」

「わかりましたわ!」



 フィリップのことは、一旦意識から外すことにした。


 ◇◇◇

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